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理由
手の豆がつぶれて、じんじんと痛む両手。
握りこぶしを作ろうにも小刻みに震えてできない。
「す…っっ、はぁぁぁ…」
上手く息も吸えやしない。それでも必死に頭を働かせて冷静になる。
スポーツバッグからジャージの上着を取り出して、ベンチに寝かせた妹にかけてやる。
「寒い風が吹くようになってきたからな。とりあえずそれで堪えてくれ」
返事をしない妹の頭を手の甲で触れるか触れないかぐらいで撫でる。
妹をそのままにして、俺は公園を出る。
通りがかりのOLらしき女性に声をかける。
「すみません」
「はい?」
女性は歩きスマホをやめて顔を上げる。
「公園のベンチに女の子がいるんですけど、その子のために救急車を呼んでもらえますか?」
救急車という単語を聞いて、えっ?!と驚いた顔をした後女性は俺の容姿をじろりと見た。
女性は怪訝な顔に変わり、数歩後ろに下がって俺から離れた。俺の服には返り血がついているからだ。
「あたし、怖いのは嫌なんですけど、あなたが何か悪さしたんですか?」
「…俺は、交番に行かないといけないんです。…女の子をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げた。
女性はそわそわして、何か言いあぐねているような息遣いをした後、小走りに公園へ入っていった。
—— 妹をお願いします ——
そう言えなかった。言っちゃいけないと思った。
あまり多くの人に見られたくなくて、交番へ走って向かった。
公園からは10分とかからないだろうに、俺は急がないとと焦った。
公園から交番に来るだけで、辺りが一気に暗くなった。
わずかに出ていた夕日が完全に沈んで夜が来たことを悟った。
明かりのついた交番の中へ入る。
「すみません」
入ってすぐ、お巡りさんは椅子から慌ただしく音をたてて立ち上がった。中肉中背の目元がキリっとしているお巡りさんだ。
「君!その恰好はどうした?」
「…自首しに来ました」
お巡りさんは俺に近づいて、「危ない物持ってないかチェックさせてね」と所持品検査をした。
いつもはテレビ越しに見ていた光景を今、自分が経験している。
ひと通りチェックし終わったお巡りさんは俺を椅子に座らせて、机を挟んだ向こう側の椅子に座った。
「話を聞こう」
「…俺、ぇ…と名前は原田灯章と言います。漢字は…これ見てくれたらいいです。」
学生証を机に出した。カラオケの学割なんかで割と使うからすぐに取り出せる。
「えーっと、下の名前の読みは<ともあき>で合ってるかな?【開南高等学校 原田灯章】君」
「はい、合ってます。」
お巡りさんは、何かの書類にサラサラと書いていく。
俺をチラリと見てきた。こちらを気にせずどんどん喋れということかな。
「部活帰りにいつも小休憩をとる公園に行ったんです。夕方だから、小さい子たちは帰って誰もいないのがいつもだったんです。今日はいつも通りじゃなかった。」
夏は棒アイスを食べて小休憩。冬はコンポタの缶を飲んで小休憩。
春秋は飲み物かコンビニのから揚げなんかを買って小休憩。
四季それぞれの俺なりの小休憩を思い浮かべるのをやめて、本題に入る。
「妹が4、5人のヤンキーに絡まれているのに出くわしまして。妹は俺より2つ年下の中学3年生なんですけど、発育がいいせいでヤンキーたちにいやらしい目で見られていて…。」
「それで君はどうしたんだい?」
「羽交い絞めされて服を脱がされそうになってた妹を助けたんです。俺、部活は野球してるんですけど…球じゃないのを打ってました。凶器はまだ、公園にあります。」
小さい頃からずっと続けてきて、頑張り続ける俺に親父がいつかに買ってくれた俺のバット。
頭に血がのぼって、妹を守る一心でヤンキーたちを滅多打ちにした。
全員が地面に這いつくばった後も、少しでも動く奴にはバットを振り上げた。
「妹さんはどうしたんだい?」
「妹は気絶してるみたいだったので、公園のベンチに寝かせてきました。ここに来る前、通りがかった女性に救急車を呼ぶようにお願いしました。」
俺が黙ると、書き連ねる音だけが響く時間が少しばかりあった。
「…東江さん、俺は多分ヤンキーたちを撲殺してしまっていると思います。服についてる血は全部、彼らの血です。」
「……灯章君、おじさんは君に名乗りはしていなかったと思うんだけど。どうして名前を知っているんだい?読み方まで合っているのに驚いているのだけれど、過去に君と知り合いになる様な事があったかな?」
沈黙
沈黙
沈黙
「変なことを言うようですが、今東江さんにお話しした内容や今この時まで全部が何かのトリガーによって必然的に繰り返していると言ったら…笑いますか?」
豆鉄砲を食らった顔をした後、東江さんは「なーに言ってるんだ」と大笑いした。
あぁ…、ダメだ。
また繰り返す…。
何がトリガーなんだ…、どうすればいいんだ…。
俺はもう、警察に行って檻に入らなきゃいけない。
妹を助けたと同時に殺人犯になってしまったんだから。
妹だけじゃなく、家族とも、友達とも離れなければいけない理由ができてしまったのに。
どうして…。これじゃ、檻に入るより地獄だ。
誰か…助けて。誰か…
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