序章

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序章

 妖精郷の魔女が死んだ。  遙か北の土地、技術の粋を凝らして魔術が要らぬものとなる世界の中で、未だに人と魔術が息づく国――『妖精郷』の誇る、最高峰の魔女であった。  人嫌いのその魔女は、自らの館に幾重にも結界を敷き、「資格ある者」しかその館へ入れないようにして俗世と己を(へだ)てて生きていた。  魔女は人であるのか、精霊の類であるのか、それは国の人々にも分からぬことだった。国の住人は、まるでお伽噺を語るような口ぶりでかの魔女のことを語り継いだ。  そんな魔女が死んだという。  死の知らせはまたたく間に国中に伝わり、誰もがその死を悼んだ。  おかしな話だと、はじめに言い出した人間は誰であったか、今はもはや定かではない。 「命を操る魔女が、自らの命を落とすことなどあるだろうか?」  空を飛び、病を癒やし、この世ならざるモノを見る。魔女は正しく魔女としての素養と技術を身に着けていたが、なにより人間たちに語り継がれた「魔法」はひとつだ。 ―― 妖精郷の魔女は、命の天秤を操ることができる ――  生きとし生けるものは、全てその命に刻限を持って生まれてくる。それは生まれ落ちるそのときにすでに決まったものである。生まれ落ちるその時に、死する運命もまた共に抱えて、この世の全ての命は生まれいづるのだ。  定命の理は何人たりとも覆すことはできない。それが世の理とされていた。  ただひとり、「妖精郷の魔女」を除いては。  これは記録である。  異例なる「ふたりめの命の賢者」  幻想を侍らせ妖精郷の魔女と謳われた、ひとりの女の記録である。
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