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「集合」
グラウンドに部長らしき人の声が響き渡る。訓練された部隊のようにぴたりと重なった返事が弾ける。経験者、初心者と分かれていた部員たちが部長の周りに集まった。何が始まるのだろう。
整列した部員たちの背中をフェンス越しに見つめるわたしは、ギャラリーの中のひとりでしかない。駅までの帰り道の途中で足を止めて眺める私と同じように、校舎からグラウンドへ降りる階段に座っている女子たちが何人もいるのだ。学校の外にいるぶん、野球部の面々からはきっと認識すらされていないはずで――と思ったら、突然部員の中に混じっていた体操着の一人がこちらを振り返った。
夏川君だ。話が終わったらしく、他の部員たちは間隔を開けて並び始める。こちらを振り返った夏川君の視線が、わたしのそれとかち合い、反射的にフェンスから一歩後退った。
恥ずかしい、どうしよう。いやいや、部活を見ているのはわたしだけでは無いのだから、別に変な事ではないはず。
パニックを起こしながら、頭の中で必死に自分をフォローして。するとどういうわけか、夏川君がこちらに向かって微笑んだ。その微笑みの額から右頬につるりと汗が流れて、夕陽の黄金を反射した。
もしかしてわたし以外の誰かに笑いかけているだけなのでは、と辺りを見回すが周りには誰もいない。慌てふためくわたしに対し、夏川君はすぐに部長に向き直った。
本当は電車の時間までは見ていたかったが、それ以上気まずくてその場にいられず、小走りで駅へと向かった。人生でふたり目だ。わたしに毒の無い笑みを向けてくれたのは――違う。今朝トイレで会った女の子も多分。からかいや、嘲笑ではない、毒の無い笑顔だったとような気がする。
小走りのせいか、何なのか。わたしの心臓は電車に揺られている間も、しばらく落ち着いてはくれなかった。
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