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「おはよー」
「嘘でしょ、千香、珍しく早いじゃん。中学でもチャイム前に来た事なんて数える程度しか無かったのに」
千香と呼ばれたのは橘さんだ。つい数日前までは授業の真っ最中にやって来たかと思うと、教科書ではなくコテを出して髪を巻き始める。それが終わったらスマホを弄り、ついにやる事が無くなったら寝てしまう。とりあえず出席していればそれでオッケーなのだと、本人も大らかに笑っていた。
「ふふん。今日は彼氏に送って貰ったからさあ」
「うわー、のろけ!」
同じ中学出身らしい女子が、わざとらしく頭を抱えて「なんで千香ばっかりー」と、駄々をこねる子供のように叫んだ。
まだまばらにしか登校していなかった教室に、次々とクラスメイトが揃い始める。矢継ぎ早に交わされる挨拶や会話のなか、やっぱりわたしは声を掛ける事も出来ないままだ。
しかもクラスのなかで既にグループまでもが出来上がっている。席が離れている者同士でも、吸い寄せられるように決まったメンバーで固まっている。
ちょうどまたひとり、わたしの隣の席の女子がやって来た。石鹸のような香水を振りまく彼女は、見た目はそんなに派手ではない。どちらかと言えばさばさばとした雰囲気の子で、髪も短くて黒い。だけどその髪型のなかにも、雑誌で見るようなお洒落な技が光っているのはわたしから見てもわかるのだけれど。
「あ、お――」
さばさば女子は「なに?」と言葉にはしないまま、明らかに怪訝な視線を向ける。挨拶ひとつでこんなに言葉に詰まるのだから、仕方ないのかもしれないが。
「その……おはよう」
言えた。口角を上げて、目を細めて……。
さばさば女子は一瞬驚いたように目を大きくして、すぐに笑っていない目で薄い作り笑いを浮かべて「おはよう」と返すと、また自分のグループへと吸い込まれていった。
あぁ、もういよいよ駄目だ。いつの間にこんなグループ分けが出来ていたのだろう。わたしの知らない所でくじ引きでもあったのだろうかと思えてしまうほどだ。
何も無い机を前に、意味もなく賑やかな空間から視線を逸らして窓に目を向ける。灰色の雲が空を覆っていた。今にも泣き出しそうなその風景は、今のわたしの心を表しているみたいで。少し湿り気のある風に乗って、むっとした空気が、白いカーテンを大きく膨らませた。
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