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「お腹空いたねー」
「一緒に食べよー」
教室のあちこちで繰り広げられる楽し気な会話。授業から解放されたクラスメイトたちが、最初から約束していたかのようにそれぞれのグループへ散っていく。
「ねえ、私も入れて」
「良いよ、一緒に食べよう」
うふふ、あはは。もちろんこれらは、わたしを中心として起こっている会話じゃない。彼女たちの視界に、恐らくわたしなど欠片も入っていない。
自分の席でおもむろにお弁当を取り出し、蓋を開ける前に一度息を吐く。窓際の席で良かった。まだ景色という視線のやり場があるだけましだ。これがクラスのどまんなかで、ひとり背中を丸めてお弁当箱と見つめ合って食べていたら、寂しさと暗さは増幅されてしまう。
お弁当の中身は何だろう。
母は料理自体は苦手じゃない。揚げ物も煮物も美味しい。だけど、そんな母のお弁当を前に、蓋を開けるのを躊躇ってしまうわたしがいる。
留め具を外し、赤い弁当箱の蓋を僅かに向こうにずらす。手前にあったのは卵焼き。鮮やかな黄色に、わたしは内心ほっとして――
「緋山、一緒に食べない?」
慌てて閉じた。白井君だ。椅子をこちらに向けて座り、自分の弁当箱を私の机に置いた。
「えっ、と……その」
ここで断っちゃ駄目。頭ではわかっているのに、すんなりと「いいよ」の言葉が出なくて、もごもごとするばかりだ。
すると白井君はわたしの返事も聞かないままに自分のお弁当を食べ始めた。
「凄くない?二段弁当でぎゅうぎゅう詰め。ほら、蓋閉まんなくて浮いてんの。汁ものだったら鞄のなかびしょ濡れだよ。母さんが食べ盛りなんだから、もっと食えーって。果物もあるんだ。緋山も良かったら食べて。りんご好き?」
頷きながら、白井君のお弁当を見る。ぎゅうぎゅうに詰めてあるとはいえ、綺麗なお弁当だ。色の並びもきちんと考えられている。おしくら饅頭状態ではあるけれど、見た目としてはとても美味しそう。
「食べないの?」
不思議そうにわたしとお弁当を交互に見ながら、ハムカツにかぶりついた。
「白井君、緋山さんと食べてる」
どこからかそんな声が聞こえて来た。蓋を開ける手が止まる。
「最近あの二人、よく喋ってるよね」
「緋山さん、陰キャラで友達いなさそうだし、可哀そうで声掛けてるだけじゃない?」
小さな声だから白井君は聞こえていないのかもしれない。わたしがこういう声に敏感になり過ぎているせいだ。
恐る恐るお弁当箱を覆っていた手を放し、蓋をずらしながら開ける。お昼休みも終わってしまう。食べるなら早くしないと。蓋を全部開けた。中身は見事に茶色かった。思った通り。やっぱり。美味しいのはわかっている。でもこれじゃ――
「緋山さんのお弁当地味」
「ほんとだ、めっちゃ茶色。地味弁だー」
出た。もうそれがどこから出た声かなんて最早気にもならない。こういうのは初めてじゃないから。わたしと白井君が一緒に食べようとしている事に興味を持った女子が覗いているのだ。
固まったまま動けないわたしに、白井君が何か言っている。目の前で、口がぱくぱくと動いている。でも、今のわたしには白井君の声も聞こえない。嘲笑と、ひそひそ声ばかりが頭の中で響き渡り、反響し、どろどろと渦巻く。
中学でも小学校でも、お弁当を持って行くときはいつも同じことを言われていた。。
「あっ、緋山どこ行くの」
乱暴にお弁当に蓋をした私はそのまま教室を飛び出していた。
その日のお弁当は、ひとり洋式トイレに腰かけて食べた。
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