27人が本棚に入れています
本棚に追加
窓から見える、通りを挟んだ一軒家のカーテンを引く小学生くらいの女の子の姿が見える。
白い三階建ての家は、三階のその子がいる部屋と、二階も煌々と明かりが灯り、時々右へ左へと行き来する人影が見える。
あの家は、部屋の中で焦げ茶色のミニチュアダックスフンドを飼っている。女の子が散歩するのを見かけたことがあり、何度か挨拶も交わしていた。長いふわふわの天然パーマの髪をポニーテールに結わえて、黄色いリボンで華やかに飾り、満面の笑みで「お姉さん、こんにちは」と、礼儀正しく頭を下げてくれる。
犬はいつ見ても毛並みは艶やかで、満たされて幸せです、と眩しすぎる瞳で見上げて来る。今日もあの犬は、あの子や家族に可愛がられて、美味しいものをたくさん食べて、お腹いっぱいで幸せに包まれて眠っているのだろうか。
数学の課題をやっていた手を止め、ぼんやりと椅子に座ったまま窓から見える景色に妄想を膨らませてみた。何となく物悲しくなってきて頭を振る。
あの子が生きている世界とわたしの生きている世界が同じだなんて、神様はなんて不公平なんだろう。
おもむろに振り返って、ベッドに無造作に放り出した通学鞄と、その上に転がるうさぎのキーホルダーを見つめて嘆息する。
「モモ……」
ぽつりと呟いたうさぎの名前は、静寂のなかに虚しく消えていく。モモを見る度に思い出すのは、子供の頃に飼っていた淡いピンク色の垂れ耳うさぎ。その飼いうさぎのモモを膝に抱く、懐かしい父の笑顔。黒縁の眼鏡の向こうで優しく目を垂れさせて笑う父が大好きだった。
うさぎが死んだあと落ち込むわたしに、中学入学祝いに父がこのキーホルダーのモモをくれたのだ。生きていたモモと似た淡いピンクの垂れ耳うさぎ。
そうして間もなくして父が死んだ。長雨が桜を地面に叩きつける春の終わりの夜。帰宅途中の道端で、飲酒運転の車にはねられてあっけなく死んだ。家まで数分の距離で父がはねられた瞬間、わたしは呑気に家でテレビを見ながらプリンを食べていた。
最初のコメントを投稿しよう!