花子の春

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「やっぱりまだ糊付いてた……」  まぶたに残っていたつけまつげ用の糊を剥がし、二度またたいて、鏡に映る立派な「花子」にため息を吐いた。  頑固過ぎるくらいの直毛に、黒々としたこの髪のせいで、幼い頃は親戚から「こけしちゃん」と呼ばれていた。こけしちゃんはまだ良い。当時は可愛いとさえ思っていた。  だが今は「花子」だ。そうあのトイレの花子さん。  この日本の学校の、じめじめと湿った暗いトイレの間から三番目に住み着く、国民的幽霊の花子さん。それがこの高校に入学して初日に付けられたあだ名だった。  国民的だろうと、日本幽霊代表だろうと、全く嬉しくない。ノックをすれば返してくれる花子さんの妙な律儀さだけは、わたしにも似ている所が無いとは言えないが。  入学式を終えて一週間が経った朝。まだ教室に誰もいない時で助かった。まぶたの動きがなんだかおかしい気がしてトイレにかけこんみたら、一重の左目に対して、右だけが三重になっていた。中途半端に残ったつけまつげの糊に、まぶたが巻き込まれていたのだ。見ようによっては、寝起きの顔みたいだ。夜更かしし過ぎた翌日、こんな顔のわたしに出会う時がある。
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