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心を開いて。
六月某日。眉毛を剃った。もちろん入学前に気合を入れて剃ったのだが、いまひとつ野暮ったさが抜けなかった気がしたからだ。
何と言っても、元は中学卒業まで剃った事も無かった眉毛。そこからいきなりすらりとした眉にはする勇気が無かった。でも今回は綺麗に整ったと思う。
スマホに映し出されたモデルさんの画像と見比べながら「よし」と頷いて、眉用かみそりにキャップをはめた。時刻は七時を過ぎた頃。そろそろ駅へ向かわないと。今日は美羽ちゃんから早く来るように言われているのだ。
母が出勤前に作ってくれたお弁当を冷蔵庫から取り出す。靴を履き、誰もいない、しんとした部屋に向かって「いってきます」と呟いてから、さんさんと降り注ぐ太陽の下、梅雨の中休みの緑きらめく街路樹を駆け抜けた。
「おおっ、良い感じじゃなーい?」
「凄い。目が全然違うね。美羽ちゃんさすが」
「もう、ちがうよ桃ちゃん。これはね、元が良いの。ベースが良いからこの仕上がりなの。とーこちゃん、眉綺麗に整えたねぇ。上手い上手い。ほら、このまま教室戻ろう。そろそろ授業始まるよ」
「えぇっ、このまま――」
空き教室や準備室が多く、人があまり来ない一階西棟の隅にあるトイレ。その洗面台の鏡に映るわたしは、アニメで言えばキラキラと星が飛び交うフィルターが掛かったみたいに、華やかで別人だった。
憎たらしいほど垂れた目じりが、美羽ちゃんのメイク技術によって、なんと猫目になっている。ほんのりオレンジに色付いた頬と、オレンジ味のあるピンクのリップ。美羽ちゃんはコテを持って来るのを忘れたと悔やんでいたが、もう充分別人だ。自分で言うのも何だが、可愛い、と思う。
「せっかくだから、ゆっきーに見せたいんじゃない?そろそろ来てると思うよ」
「白井君に見せたいの?」
桃ちゃんが不思議そうにわたしと美羽ちゃんを交互に見る。
「あれ、桃ちゃん気付いてなかった?とーこちゃんのあつーい視線」
「み、みうちゃん」
慌てふためくわたしの背中を叩きながら「誰でも気付くでしょ」と大笑いする美羽ちゃんの隣で「そうなんだ」と、起伏無い声でわたしを見つめていた。
その視線の意味をこの時のわたしはまだわからず、戸惑いながら苦笑いを返すだけだった。
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