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「はい、じゃあここまで。課題、忘れずにちゃんとやって来るように」
爬虫類顔の先生が紺の綿ハンカチで額の汗を拭い、小太りの身体を左右に揺らしながら短い歩幅で地学教室を出て行った。
静かだった教室内のあちこちから声が上がり、ざわざわと先生が開けっぱなして行ったドアから生徒たちが流れ出ていく。わたしはその波には敢えて乗らず、自分の席でのそのそと文房具を片付け、少し遅れて教科書を纏めて席を立った。
一組に戻ると、既にあちこちで机の島が出来上がり、各人お弁当を前に賑やかに笑い合っていた。
購買やコンビニで買ったパンを広げている子もいる。この教室にいない人たちは、他のクラスに食べに行っているか、食堂に行っているのだろう。教科書を胸に抱いたまま窓際の自分の席に目を向けると、白井君が晴れ晴れした笑顔で手を振っていた。背にした窓から溢れる太陽の光が、後光となって白井君を更に神々しく魅せる。軽いめまいを覚え、慌てて顔を左右に振った。
なにうっとりしているのよ、わたし。
「緋山、おかえり。もうちょっとしたら海斗も来ると思うよ」
白井君はくるりと椅子をわたしの机の方向に反転させ、スマホのロック画面を解除し「美羽に掴まってんのかなぁ」と笑う。机の上には、白井君の黒いお弁当箱と、スポーツブランドの大容量の水筒が置かれている。
「ありがたいんだけど、その……」
教科書を机の中に突っ込み、横のフックに掛けた鞄からお弁当袋を引っ張り出す。
「わたし、他の所で食べるから」
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