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「おーっ、貸し切り状態の海だ」
「あぁ、ほんと、ほんと、だね。ちょっと待って――」
両ひざに手を付き、あがる息を整えるわたしの背中を、夏川君の大きな手が優しく上下する。
男子のなかでは小柄な夏川君でも、手はわたしよりもずっと大きい。分厚くて少し固い手のひらの感触を背中に感じて。息が落ち着いてくると同時に、今度は恥ずかしさがこみ上げてきて頬が熱くなる。
「ごめんごめん、大丈夫?」
「うん、もう平気――わぁ、凄い」
遠く、見え得る限りの端から端を水平線がゆるやかな弧を描いて繋ぐ。水平線に鎮座した夕陽の黄金を反射した水面には、きらめく光の道が出来ていた。
「ここって結構田舎だろ。こんなに綺麗だけど、案外この辺りの人は来ないみたいでさ。駅の反対側だから真夏以外は学校のやつらも滅多に来ないみたいだし。意外と穴場で静かで落ち着いててさ。俺、好きなんだよね。高校入学前から、時々ひとりで来てたんだ。砂浜で走り込みとかもできるし」
「野球のため?」
高校から野球を始めた夏川君だが、先輩からも褒められていたくらいだ。野球部に入る為にずっとここでひとり練習してきたのだろう。
わたしは、そんなに何かに一生懸命になった事って無いなぁ。
白い砂浜にあぐらをかいて座る夏川君の隣に、わたしも腰を下ろす。スカートが汚れるかも、とお尻をつける直前に一瞬躊躇したが、目の前の海を見たらそんな事どうでも良いような気がした。モモのキーホルダーだけは汚れないように、鞄は膝の上に乗せた。
砂浜は少し冷たい。砂を掬いあげてさらりと零すと、手のひらに残った小さな砂粒は、透明なガラスの粒か宝石みたいだった。
「そうだよ。俺、小さい時からずっと野球やりたくてさ。でも親の事で色々あって出来なかったんだ。小学生の時、隣町に有名な少年野球チームがあって、そこによく練習風景見に行ってたんだ。その時、背も高くて、周りと比べて体格も良くて、すげぇ上手いやつがいて――それが白井。俺がいつもフェンスにしがみついて練習見てるの気付いてたらしくて、声掛けてくれたんだ。野球好きなの?って。中学は学区が違うけど、もし同じ高校に行ったら一緒にやろうぜって」
夏川君は投げ出していた足を折り曲げてあぐらをかき、傍に落ちていた細い木の枝を一度空に翳して、それから海へと放り投げた。
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