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トイレのドアを閉め、誰もいない廊下の壁にもたれながら、胸まである黒々とした直毛に指を通す。
「綺麗なんだから、そのままでも良いんじゃない?」と言ってくれた母の言葉を産鵜呑みにしたのも良くなかったのかもしれない。
本心だったのだろうけれど、やっぱり顔が地味すぎる分、巻いて少しでも華やかにしても良かったのかもしれない。
きっと大丈夫。ちょっとスタートに遅れたけれど、明日こそはきちんとメイクして教室に入るんだ。
そう期待に胸を膨らませた昨夜の自分に対する申し訳なさが大きな波よなって押し寄せ、正面からわたしに当たって派手に砕け散る。
雑誌や漫画、青春映画やドラマで散々勉強してきたのに。鏡の前であんなにも笑顔と挨拶の練習をしたのに。口角を上げて、目を弓なりにして、少し高いトーンの声で「おはよう」って。
最初はあまりに不器用で不細工な笑顔に泣きたくなったが、最後にはそれなりに見える角度と表情筋の動かし方を身につけたはずだったのに。
「あの子、暗くない?」
入学式が始まる直前に後ろの席から聞こえたその言葉。背中を鋭利な刃物で刺されたような感覚に、心臓が止まりそうになった。
その子たちは、校門で声を掛けてくれた子たちだった。「おはよう」と話しかけられて「おはよう」返した。それだけだ。初対面の相手。頑張って笑顔を作って、明るく振舞ったつもりだった。
「メイク、ちょっと崩れちゃってさぁ。ってか微妙に白いよね、浮いてるよね。もしかして高校デビューってやつ?」
「確かに。ってか、そんなん初めて見たかも。恥ずかし—」
「前髪めっちゃ揃ってたじゃん。トイレの花子みたいだったから、もうちょっと間近で見たくて声掛けちゃったけど、想像より花子だったわ」
「ぶっ、やばー。確かに花子。うける」
目の前にいたのがわたしだとわかっているはずだ。敢えて聞こえるように喋っているのかもしれない。くすくすと笑う声が背中に無遠慮に突きささる。わたしの背中がどんどん小さく縮こまっていった。
その後は教室でもずっと俯いたまま。必要以上に顔を上げたくなかった。
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