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旅の始まり
この日をどれだけ心待ちにしただろう。
穏やかな日差しが差し込むロイ・ガルシュの部屋。そこには心地良さそうなベットがひとつと、おんぼろの鞄がひとつ置かれていた。
ロイが冒険家になりたいらしい。村でそんな話が流れると、これはまだ使えるんじゃないかと、みんなが物を持って来た。だからロイの旅立ちに必要な持ち物のほとんどは、この小さなトココ村のみんながくれたものばかりだ。
そのおんぼろの鞄も、昔行商人をやっていたベスターさんから貰った魔道具で、見た目に比べて中にはたくさん物が入り、その上軽い。丸めた地図、救急用の薬草や小瓶、毛布などが入っている。横にぶら下げているコンパスのガラスは、もうくすんで見にくくなってはいるが、冒険家初心者にはちょうどいい、まだ使える代物だ。
ロイは出立の準備を整えると、やっとこの日が。という思いを胸に、その鞄に手を掛けた。
魔道具の薄い鞄は、背負うと背中にフィットした。ロイはその上からフードの付いたマントを羽織る。襟元にある留め具を止めると、心も引き締まる気がした。
ロイが自分の部屋から出てくると
「ロイ、本当に冒険家で良かったの?」
と、心配そうに母さんが言った。
ガルシュ家は代々武闘家の血筋だ。
「うん。冒険家って聞いた時、僕にピッタリだと思ったんだ。」
と笑顔でロイは答えながら、今日の分だけの布で包んだお昼ご飯と、井戸水が入った革の水筒を母さんから受け取った。
ロイは戦うことを好まなかった。だから、ロイはみんなのように、立派に名を残す人にはなれないだろう。
ロイは最後に腰元にある革製のホルスターに短刀を差し込み、玄関のドアを開けた。外の光は穏やかで、小さな花咲く草原が、風の中揺れている。いつもと同じ景色。でもいつもと違う行き先。この村の外へ。吹く風がロイの頬を撫ぜ、胸がむずむずとした。最後に一度ロイは後ろを振り返った。
「行ってきます。」
ロイの晴れやかな表情に、母さんは目に涙を溜め、一度こくんと頷いた。
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