北極星入口

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関西のどこかに「北極星入口」という駅舎があるらしい。 駅のホームに立って左側を見ると、北の方角に真っ直ぐ線路が伸びている。 しかも線路は山の斜面を登っていて、まるで北の空を目指しているようだ。 夜になり星が輝き始めると、線路の直線上に北極星が重なって見える。 なるほど、「北極星入口」という名前にふさわしい。 テレビで「北極星入口」の情報を知ったとき、僕は大学生の頃を思い出す。 京王井の頭線の駅を降りてアパートまでの数分の道のり。 途中、北の方向に伸びる上り坂があった。 その日は秋の金曜日の夕方で、全てがオレンジ色に照らされていた。 涼しい風が心地よい。明日は土曜日で何の用事もない。課題も授業も部活もバイトもない。 坂の途中で、どこかで自転車のブレーキの音が聞こえた。キーと一度だけ高く響きわたる。 その音を聞いた瞬間、僕は誰かに会いたくなった。 休みは一人で優雅に過ごすことが多い僕にとっては、とても珍しいことだ。 ただ、その時は、坂の途中で誰かに会いたくなった。 僕は立ち止まって、女の子数人にメールをした。 「久しぶり。明日暇してたら遊びに行こう」 きっと誰からも断られる。その時は一人でカラオケでも行こう。 そして街をぶらぶら散歩して孤独と戯れようじゃないか。 坂を上りきったところで、携帯がメールの着信を知らせる。 「明日映画でも見に行かない?」と男友達からの誘いだった。 「いいよ」と返事をして、渋谷駅近くのエクセシオールで待ち合わせをする。 女の子からは誰からも返事は来ない。 携帯を閉じて、遠くを見る。 北の空には北極星が輝いていた。
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