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p.12
映画館を出た私たちは、映画館のすぐ隣にあるファーストフード店に入った。そこに行こうと言い出したのも伊勢崎くんだった。
昼時の店内はとても混雑している。特に私たちみたいな若者が多い。当然のようにカップルも多い。
──私と伊勢崎くんも、周りの人からはカップルに見られているかも。
そう考えると、嬉しい気持ちもありつつ罪悪感のようなものも覚えてしまった。隣で注文の列に並んでいる伊勢崎くんの顔を直視できなかった。
二人でセットを注文して、向かい合って席に着く。
伊勢崎くんはポテトをつまみながら、唐突に私に尋ねた。
「映画、どうだった?」
いつも少し強引に私をリードしてくれる伊勢崎くんの口から、そんな質問が出るとは思っていなかった。
しかし伊勢崎くんにとっては、それが何より気になることみたいだ。隣のファーストフード店に行こうと言ったのは、映画の感想をすぐに話したかったからかもしれない。
私は飲んでいたコーラの炭酸を喉に引っ掛けながら「面白かったよ」と返した。
「よかった」伊勢崎くんは少し頬を綻ばせる。
「俺はこの映画、どうしても観たかった」
「伊勢崎くん、恋愛系の映画も好きなんだね」
「別にそういうのじゃねぇ」伊勢崎くんは軽く首を横に振った。
「家でテレビ見てるとき、たまたま予告がやっててよ。その主人公が俺に似てるかもと思った」
その映画の主人公は、まさに伊勢崎くんのようなタイプの男子だった。長身で体つきが良く、たまに強引な行動を取ってヒロインを巻き込む。そして思ったことを素直な言葉で伝えられる。そんなキャラクターだ。
だから、私が見るには過激すぎる恋愛描写も多かった。
特に印象に残ったのは、主人公が誰もいない保健室にヒロインを誘い込んで、キスするシーンだ。
まるで私たちみたいだと思ってしまって、観ていて胸が詰まりそうだった。
ただ、私たちと違うのは、保健室でキスまでしてしまったことと、ヒロインがとても可愛いことだ。顔が可愛いだけでなく、愛嬌もあるクラスの中心人物だった。
マジメなことくらいしか人に褒められることがない、友達も少ない私とは大違いだ。
もし私が映画のヒロインみたいに可愛かったら、伊勢崎くんにキスしてもらえるのかな──映画を観ながら、ずっとそんなことを考えていた。
「でもな、実際に映画を観て、俺はあの主人公とは違うと思った。主人公はちゃんと自分の口で告白したが、俺はそういうことが苦手だ」
伊勢崎くんはポテトを指先で潰しながら口に放り込む。
「だから今日の映画はいい教訓になった。自分が思ってることは、ちゃんと言わなきゃいけねえって」
「私、伊勢崎くんはそういうこと得意な人だと思ってた」
「そんなことねえよ」
「だって、いつも伊勢崎くんから私を誘ってくれるし」
「それはそうだが……」伊勢崎くんは、なんだか少し歯切れが悪い。
「俺はずっと、人見知りを治せてねえんだ」
私はフォローしようとして、
「──伊勢崎くんは、そのままでも大丈夫だと思うよ」
と言った。
「いや、大丈夫じゃねえ!」
なぜか、伊勢崎くんが強い口調で反発した。
「ど、どうしたの?」
「お前には『そのままで大丈夫』とか、絶対言われたくなかった」
「え、──あ、ごめん」
伊勢崎くんの目つきが険しい。不服そうな顔だ。
その顔を見て、私は自分の背中が冷たくなるのを感じた。
たぶん私は、伊勢崎くんの気に入らないことを言ってしまった。
でも、何が気に入らなかったんだろう。
その原因が分からない。
伊勢崎くんが何を考えているのか分からない。
──そっか。……私、伊勢崎くんのこと知ったつもりでいただけなんだ。
さっきまで楽しい雰囲気だったのに、今は私たちを中心に静寂の波紋が店中に広がっている気がしてならない。
不協和音を奏でる店内のBGMは、私を責めるみたいに耳の奥に入り込む。
目を伏せた伊勢崎くんは、またポテトを指先で潰しながら口に入れた。
それからのことはあまり詳しく覚えていない。味のしないポテトとハンバーガーを口に運んで、この前行ったケーキ屋さんやゲームセンターのことを一緒に振り返りながら、なんとかやり過ごした気がする。
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