深き山にて

3/11
前へ
/11ページ
次へ
 それは、祐之が家電メーカーの仕事を辞めたという連絡であった。  色々と聞きたいことは沢山あったが、祐之はもっと大事なことを切り出した。  それは、美生との交際についてだった。  二人が知り合った切欠はWeb小説を書いていたことが切欠だった。  お互いに恋愛小説を書き合っていたのだが、感想を書きあったことからオフ会を行い一気に距離が縮まったのだ。  二人は、それからすぐに付き合い始めることになった。  美生は幸せを感じていた。  今までの人生の中で一番幸せな時間だと思ったほどだった。  それが唐突に終わりを告げたのが、二年前の事だった。 「美生。僕のことは忘れて」  そう言って別れを切り出されたのだ。  理由を聞いても教えてくれなかった。  それどころか、祐之はどこかへ姿をくらましてしまったのだ。  電話連絡も着信拒否されていて連絡もつかなかった。  死んでしまったのかと言えば、そうではない。  祐之の書いていたWeb小説は更新されていたことから、祐之が生きていることは分かっていた。サイトを通じての連絡もブロックをされていて通知を送ることはできなかった。  祐之の足取りを辿って、山岳監視員となっていることを知ったのが一年半前。  そこで美生は祐之に会いに行くために登山を始めた。  それは都会育ちの、美生にとって過酷なことだった。  元々運動は不得意で体力も無かったことに加え、山の知識については皆無だった。そのため、独学で知識を身につけなければならなかった。  また、祐之に会うためにはどうしても登山の経験を積まなければならなかった。  そのことが美生を駆り立てたのだ。  絶対に生きて祐之の元へ行くつもりだった。  祐之と別れてからの間、必死になって勉強をした。  休みが取れる時には、祐之の居る山に登り経験を積む。  祐之が突然姿を消してしまった理由は分からないままだったが、その理由を知るためにもこの山小屋に行く必要があったのだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加