10人が本棚に入れています
本棚に追加
きっかけ(望)
1時間ほど残業をした仕事の帰り道、何気なくふっと右を見るとバス通りを挟んだ向こう側の歩道に見慣れた彼の姿が…。彼の隣には私の知らない女性。彼の右腕には女性の両手が添えられていて、2人楽しそうな様子で仲睦まじく歩いていた。
"何でまた見てしまったんやろ…。もう絶対見たくなかってんけどなぁ…。"
大きなため息がでる。そして、大きな深呼吸を1回やする。2人が歩いている歩道へ行くために信号のある横断歩道へと走った。
着くなりタイミングよく信号が青に変わって、そのまま走って2人のあとを追った。
少し走ると視線の先に2人の姿を捉えた。
「仁ちゃーん!仁ちゃーーん!!」
大声で彼の名前を呼ぶ。聞こえた声に肩を揺らして歩みを止めて振り返る彼。その横で歩いていた女性も彼の表情を見つめながら歩みを止める。彼の腕には女性の両腕が巻き付いていた…さっきより更にくっついていることにこめかみピクピク。息切れ気味の息を仁ちゃんに気付かれないように落ち着けて引きつく笑顔を張りつけて聞く。
「こんばんは、仁ちゃん。少し振りやね…。お隣の方もこんばんは。なぁ、仁ちゃん、お隣の女性、私に紹介してくれへん?」
隣の女性と視線が合う、張りつけた笑顔がピキピキッとひび割れそう…いやいや…ひび割れて細かい欠片がそこらじゅう飛び散って焦った。
怒りのオーラを感じた隣の女性は、巻き付けていた両腕をパッと離す。
「仁くん、ごめんな~。ちょ~っと用事思い出したし、ここでバイバイするわぁ~。またネッ💓」
ニコッと笑い、小さく手を振り、そう言い残して人混みの方へ歩いて行った。
去っていく女性を苦笑いで見送った彼。
女性の後ろ姿が見えなくなってすぐに視線を仁ちゃんに戻す私。
「望…。」
「仁ちゃん、ここやったらなんやし、ちょっと移動しいひん?少し歩いた先にあの公園あるし。」
「あの公園な…うん、そこでいいで。」
目的の公園まで2人並んで無言で向かった。
目的の公園は、ビルとビルの狭間にあって、公園を囲むように木が植えてあって、所々花壇もあった。
平日のお昼は、近所で働いている人達のちょっとした憩いの場になる公園で知られていた。私たちにとっては、色々(良いことも嫌なことも)思い出のある公園だった。
2人は公園に着くと、少し奥まったところにあるベンチに体が斜めに向き合うように座った。2人の間は、70~80cm程空いていた。
少し沈黙があってから…。
「仁ちゃん…私ら別れよっか。」
「何で?俺は、別れたくない。」
「仁ちゃん、このやり取り、もう何回した?このやり取りして暫くしたら、私とちゃう子と遊んでるやん。今日みたいに何回も仁ちゃんと腕組んでる子と歩いてるの見たりするのつらい、しんどい。
またなんでよく私の職場の近くで腕組んで歩くかなぁ?わざと?こう何回も見て、その後こんなやり取りして別れんと、何回も何回も同じ繰り返し…もうしんどいねん。
仁ちゃんのつまみ食い全然治らへんやん?今まで惚れた弱みで何回も許してた私も悪いんやけど…でも、もうあかん、むっちゃしんどい。今日で最後、別れて下さい。お願いします。」
「いやや、望と別れたくない。」
「…。ここで、いつもやったら、"次はないで。約束やで。"って言って、別れへんかったけど、今日の私は違う。別れよ?お互いのために別れよ、な?」
暫くの沈黙。
「いやや、別れたくない。」
「もう、私しんどいねん。疲れてん。な、仁ちゃん、私と別れたら堂々と好きに女の子と出来るねんで?もう、こんなやり取りしんでもいいねんで?お互いのためやん、な?」
「望と別れたくない。」
ゆっくり頭を横に振る。
ゆっくり深呼吸をする。
そして、泣き笑いの顔で笑顔を作る。
そして、私は仁ちゃんとしっかり視線を合わせる。
そして、はっきりと言う。
「仁ちゃん、そのお願いはもう聞けへんよ。ごめんな。今までありがとう。」
一方的に伝えて、振り返ることをせず、思いっきり走って公園をあとにした。
最初のコメントを投稿しよう!