57 一日遅れのクリスマス

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 ふと……思った。  お風呂から上がって、髪を乾かしながら、ふと。  旭輝って、もしかして、今日、俺が休みだから、仕事休みにした…………とか? 「……わ」  そう思ったら、つい、口からポロッと気持ちが声に出ちゃった。  だって、さ。 「っ」  だって……。  俺、と、過ごしたいとか。 「風呂、出たのか? 朝飯、すぐ食べるか?」  なんかすごくない? 色々、すごいこと、だよね。  クリスマスだったじゃん。土日。そこ全部仕事ぎゅうぎゅうに詰め込んで、クリスマス終わった日にお休み取るなんてさ。俺が月曜日に休みだから取るなんて。 「聡衣?」 「! は、はいっ!」 「髪、まだ濡れてるぞ。少し後にするか? 朝飯」 「あ、ううんっ、すぐいただきます。髪はもうほぼ乾いてる、し」  旭輝がアイランドキッチンの中からこっちを見て、そうか? って顔して小さく笑ってから「りょーかい」って呟いた。そして、手際良く手前に朝食を並べてくれる。サラダとそれからヨーグルト。サラダはすっごい量のをどんって二つ。ヨーグルトには鮮やかな紫色のベリーソース。それから。 「わ、すご……美味しそうな匂い」 「確かにな。人気なだけのことはある」  トースターを開けた途端にバターのいい香りが焼きたての食パンからふわりとしてきた。 「美味しそー……」 「あぁ、熱いうちに食べよう」 「うん」  二人で並んで、手を合わせて、いただきますってした。なんかこういうの――。 「久しぶりだな」  今、俺が思ったのと同じことを旭輝が言って、それから笑いながら、おっきく口を開けると焼きたてのパンを頬張る。その横顔がすごく楽しそうで、そんなふうに食べてもらえる食パンは幸せそう。嬉しそうにバターの香りをほわりと漂わせてる。小麦色に焼けた表面もなんだか楽しそうにカリカリと小気味いい音をさせてて。  俺もね、こういうの久しぶりって思ったところだった。  こうして、旭輝とゆっくりご飯食べるの。 「こうして聡衣と飯食うの」 「……」 「……楽しいな」  うん。  楽しい。  すごく。 「にしても、仕事詰め込んでたからな」  俺も。本当にすっごい忙しかったもん。 「冷蔵庫の中、空っぽ。買い物して、掃除して、その後で映画でもゆっくり見ようぜ」  ぇ、いいの? だって、クリスマスじゃん。なんかこういうので、いいの? 俺は、そういうの好きだけど。人にたくさん接する仕事してるからかな。たまに本当にオフの日とか好き。ゆっくりのんびりするの。まぁ、普通の人には退屈だよね。遊びに行きたいっていうかさ、せっかくの休みに部屋でのんびり、なんてしてたって、ってなるじゃん? 旭輝はそういうの、ならない?  一日遅れだけど、せっかくのクリスマスに、さ。 「ちょうど見たいのがあったんだ」  へぇ。  どんなのだろ。 「聡衣」  ? 「クリスマス、ゆっくりにのんびり、聡衣と過ごすのでもいいか?」 「……」 「俺はそうしたいし、それでいいよ」 「……ぇ?」 「顔に出てんだよ。それでいいの? って、それでいいけど、退屈じゃないのか? って」 「……」 「聡衣と二人でゆっくり過ごしたい」 「……」 「あと、お前、けっこう顔に出るからわかりやすいんだけど」  え、ウソ。 「ホント。モロわかる」  マジで? 「マジで。けど、聡衣の声、好きなんだ。柔らかくて」 「!」 「だから、なんか喋れよ」  だって、なんか、胸のとこ、すごいんだもん。ぎゅってしてて、なんかぎっしり詰まっててさ。  それすらもわかってるみたいに旭輝がふと手を伸ばして、本当はまだ少し濡れてる髪に触れて、指ですいてくれる。 「映画……見たかったのがあったんだ。怖いやつ」 「えっ!」  ひょ、ぇ……って思ったりなんか、して。 「聡衣が怖がって俺にくっつく」 「は、はぁ? くっつきませんっ」  ぎっしり詰まった胸のところのせいでおしゃべりが引っ込んでたけど、出てきた声と言葉が捻くれてて旭輝が笑ってる。 「前観た時だって」 「あれは! びっくりしただけなのでっ、そもそも、怖いの平気って」 「そうか?」  あーあ、また、なぜ、そこで強がるかな、俺。  でもくっつける、かも。確かに。 「あの時も全然っ、怖くなかったし」 「じゃあ、またすげぇのを教えてもらったからそれにするか」 「!」 「っぷ、あははははは、嘘だよ。冗談」 「も、もぉ」 「本当は苦手だろ?」 「苦手じゃないし。別に。ただ、気分じゃないっていうか」  でも、これ、楽しい。  すごくすごく楽しい。  こうして旭輝となんでもないこと話すの。  困るくらいに楽しくて。でも楽しいだけじゃなくてね。楽しいって思う度にね。 「……ふーん」 「本当に気分じゃないだけだしっ」 「あぁ」 「んもおおお!」  好きが増してく。 「じゃあ、怖いの以外にしてやろう。なんか、いいのあったかな。観たいの……聡衣が。あ、サスペンスは?」 「そういうのけっこう好き」 「俺も。けど、デートで観るには不向きか。あとは……デジタルアニメの、あれ、みたかった。最近配信されたんだ。脳内で小さな中年のおっさんが会議するやつ」 「っぶは、それ見たよ」  そんな脳内会議で国見さんのことを総動員でお薦めされたんだけどね。なんて言ったら、旭輝は笑うかな。脳内会議で冷静にお薦めされた国見さんにはごめんなさいってして、気持ちのほうに従ったんだよって言ったら。 「じゃあ……そうだな」  旭輝が好きって、どうしてもなっちゃったんだよって。  そう話したら、笑う?  照れる?  真っ赤になってくれたり、する? 「あの……」 「?」 「ありがと。休み、取ってくれて」  どうしても、この人が好きって、なったんだよって。 「って、あ! ち、違ってたら、あれだけどっ、その、」 「……違ってない」  笑ってくれる?  旭輝は口元を緩めて、隣に座る俺へと手を伸ばす。 「……」  ね、俺、ほっぺたに、ジャム、ついてた? 鮮やかで綺麗な紫色のベリーソース。それとも食パンにたっぷり染み込んでたバター?  旭輝の長い指が俺の口元から頬に指先でやんわりと触れて、その指先をじっと見つめる俺に頬杖をつきながら微笑んだ。 「聡衣と過ごすために休み取った。一日、ゆっくり一緒にいたかった」 「……」 「だから、あんまり早いうちから可愛いこと言うなよ」 「……ぇ」 「まだ陽が高い」 「!」 「女ったらしで、手、早いって蒲田も言ってただろ?」  な。 「っ」  なんっ。 「!」  そこで、気がついた。  そして、忘れてた。 「でもとりあえず、腹減った。朝飯食べちまおう」 「は、はいっ」  手、早いって。  キス、好きって。  それから。一日一緒にいるってことは、つまり、つまり……。  その、女ったらしで、手が早いのなら、とても、とっても……。  どうしようって、今、思った。
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