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「娘に編み笠を被せ、3年間貞操を守らせる。──それが牧村家のしきたりになったわけですか」
「しきたりと言うか……」お母さまが言いよどむ。「おじいちゃんがね、ほら、貞利博士がね、長いこと忘れ去られていたしきたりを復活させたのよ」
それはつまりこういうことらしい。
ミツエさんの前に博士には同い年の夫人があったのだそうだ。貞利博士(当時はまだ博士ではなかったが)は、どこからか「牧村」の伝承を聞き、それを実行に移したのだった。つまり、東京の大学を卒業するにあたり、当時恋仲にあった下宿屋の娘を牧村に連れてきて、神社の満開の桜の木の下に立たせた。そして編み笠を被せ、こう言ったはずだ。「僕と結婚する心づもりなら、貞操を守り、3年後この編み笠を携え、ここに戻ってきてほしい」と。
「それって、とてもかっこよくないですか。というか、そういうのが似合いそうな方ですよね、博士って」
私が正直な思いを告げると、お母さまは、ほほほ、と上品に笑った。でも、うなずいてはくれなかった。
「菊乃さん……、そう、博士の最初の奥さんは菊乃さんって言ったんだけど、3年後に戻って来たのよ。本当に編み笠をかぶって戻って来たんだって。夫婦はとても仲がよかったらしいわ。村の人たちは口々に、龍神様のご加護のおかげだって言いあったんだって。菊乃さんは4人の息子と3人の娘を残した。お亡くなりになる時、神社の神主さんが金の龍が村に降りて来た夢を見たそうよ」
その神主さんはかなりのお歳だけど、まだご健在だそうだ。「一度訪問してお話を聞いてみればいいわよ」とお母さまはおっしゃった。
龍神様って本当にいるんだろうか。超常現象って本当にあるんだろうか。
「長男は、つまり、私の夫の薫は、鍼灸院の医院長をやっている。経営は盤石よ。兄弟は国立大学の教授に市議会議員、東京や大阪に出て成功した者もいれば、嫁いだ先で辣腕を振るい潰れかけていた会社を立て直したというケースもある。社会的影響力の物差しで測るなら、『牧村』は今や完全に『本村』をしのいだと言えるわね」
そういえば本村源次郎は私にフラれ、牧村潤は私と慕い合っている。高校で一番モテモテの私を仕留めたのは「牧村」なのだ。これも龍神様のおかげなのだろうか。
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