公開プロポーズ

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「お姉さん、ごめんね……」  トイレに飛び込むと洗面台に両手をついて激しく泣いた。鏡に映った自分の姿が疎ましかった。男子に躰を触られて悔しいのではない。何もしなくても、ここにいるだけで朝子姉さんの夢を握りつぶしてしまう私が憎たらしいのだった。多くのことを断念してきたお姉さんにまた諦めさせてしまう悪い女が私。大好きなお姉さんには幸せになってもらいたい。心の底からそう思っている。でも、そばにいるだけで彼女を傷つけてしまう。私なんていないほうがいいんだ。どうしたらいいのだろう。  「親に捨てられた子は悪魔の子」──いつのころからか、私の心に刻印されている言葉。心無い級友にそう言われたのだろうか。レディコミで読んだのだろうか。──わからない。それは、美浜咲という存在の根源にNOを突きつけるカミソリのような言葉だ。今後も周りの人からもNOを突きつけられるだろうか。そして私自身もみんなにNOを突きつけ続けるのだろうか。不幸になるのが宿命?みんなに不幸を与えてしまうのが宿命? 「私を悪魔の子にしないでください……。周りの人に幸せを分け与えられる人にしてください……」  いつのまにか口に出して祈っていた。どこから湧き上がってくるのかわからないまま、一生懸命祈っていた。教会に行ったことなんてないから祈り方も知らない。でも、神さまに必死に訴えかけていた。すると、やはり彼の名前がくちびるからこぼれ落ちるのだった。 「ジュンくん……」  ジュンくんの胸元に飛び込みたかった。彼に慰められたいと思った。私の神さまはジュンくんなんだ、と思った。  「本当に神様がいらっしゃるなら、ジュンくんに会わせてください‥‥‥」  ひとしきり泣いてから涙を拭く。ハンカチをポケットに入れトイレを出た。廊下を右に進んだら集会室だ。クリスマスキャロルが聞こえる。ガラス越しに園児たちの盛り上がっている様子が見える。  集会室に背を向けて歩きだす。目の前の階段を上がって3階の女子フロアーを目指す。自分の部屋で少し心を落ち着かせたかったのだ。一人になればジュンくんと一緒にいられるから。「結婚しよう」と言ってくれた彼は、きっとこの世で唯一、私の存在にOKしてくれる人。気の済むまで彼の姿を想像しよう。彼の笑顔を想像しよう。彼の言葉を想像しよう。そうすることで私は彼といられる。彼に包まれていられる。
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