公開プロポーズ

8/17
前へ
/266ページ
次へ
 3階に上がるとすぐに園長先生のお部屋がある。何度か入ったことがあるがとても広い。応接間と事務室とプライベートルームに分かれているのだ。私の部屋は廊下の突き当りの右側。左側が朝子姉さんの部屋。  園長室を通り過ぎようとすると扉の向こうから声が聞こえた。たくさんのお客さんが応接間で歓談している様子が伝わってくる。 「あっ、ミツエさん……」  そう、あの品があってピーンと張りのある声は明らかにミツエさんだ。ぼそぼそとささやくような声は「おじいさん先生」に違いない。 「じゃ、そろそろ下りてみましょうか」とドアのすぐ向こうから美里園長の声が聞こえたかと思うと、キィーと音がしてドアが開いた。  ドアの隙間から美里先生の秘書も務めている職員さんが顔を出す。私がいることに気づいた職員さんは「あら」と小さく驚いた。奥に振り返り、美里先生に無言で問いかけている。 「おやまあ、美浜咲さん、どうしたの? みんなと一緒じゃなかったの? あらあら、目を真っ赤に腫らして何があったのかしら……」  先生は慌てて出てきて、私を胸に抱いてくれた。よしよし、と幼児にするように頭を撫でてくれる。いつもならここで鼻の奥がグズグズ鳴り出して、うわーっと嗚咽するところだ。だが、今日はお客様がいる。それも尊敬する「おじいさん先生」とミツエさんだ。取り乱すわけにはいかない。お腹に力を入れてぐっと耐える。 「ゆきちゃんとたっくんに虐められでもしたのかしら。まあ、それは後からお話を聞くことにして……。サキさんにね、ご紹介したいお客様がいらっしゃるの。きっと元気が出ると思うわ」  だからちょっと入って来いと言われた。涙の痕がわからないように、私はうつむき加減に中に進んだ。 「こちらね、牧村先生ご一家でね……。牧村貞利博士と奥様のミツエさん」  もうご存じよね、と言い添えて、美里先生は丁寧に指をそろえた右手をおふたりに向けた。 「ようこそいらっしゃいました」  私は目じりの涙を人差し指で払い、丁寧に頭を下げた。子どもみたいにべそをかいているところを見られてしまって、恥ずかしい。
/266ページ

最初のコメントを投稿しよう!

121人が本棚に入れています
本棚に追加