公開プロポーズ

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 集会室に戻ると、あんなにたくさんあったフライドチキンが綺麗に平らげられていた。バケツの中を覗いてみたがひとかけらも残っていなかった。その代わり各自の前に置かれたカーネル・サンダー氏の笑顔の上には鶏の骨が山になっていた。  職員さんと中学生が協力してテーブルを拭いている。窓が開けられ換気したようだが、まだフライのにおいがうっすらと残っている。  舞台の中央には二つの譜面台とひとつの椅子が用意されていた。  ジュンくんが舞台に上がると、隅に立てかけてあったチェロのネックを掴み、中央の椅子に座った。長い脚で挟むと、大きかった楽器が小さく見える。慣れた手つきで五本の弦をはじきながら、弦の下の方にある金色のネジを回している。  私はびっくりして立ちすくんでしまった。だって、ジュンくんが楽器を演奏するなんて全然知らなかったから。高校のみんなの認識は、「牧村潤君といえばバレーボール」だ。いや、バレーボールだけじゃない。陸上でも鉄棒でも何でも来いのスポーツ万能の男子として知られている。  そのジュンくんがチェロ演奏だなんて‥‥‥。  私は例の自傷行為を始めた。頬と腕とを盲滅法につねりまくる。痛い。現実だ。ジュンくんが「おいおい、また始まったか?」というような目つきで私を見ている。私は「えへっ」と舌を出す。  愛理さんも、携えてきたケースからフルートを取り出した。湖南高校吹奏楽部のフルートより音がいい。芯があり艶がある。ビブラートのかかったフルートなんて初めて聞いた。  ジュンくんのチェロと音合わせを始める。集会室にこれまでにはなかった文化的な、アカデミックな雰囲気が漂いだした。 「はい、みなさーん、注目、注目ぅー!」  田口さんが口を「田」の形にしてパンパンパンと三度手を打つ。興奮の冷めやらぬ小学生たちはなかなかおしゃべりをやめようとしなかったが、年上のお兄さんたちに注意され徐々に波が引いて行った。 「今日のスペシャルゲストを紹介します。牧村潤さんと愛理さんでーす!」  パラパラと拍手が起こる。 「そしてあちらにいらっしゃる方々は、本日のフライドチキンのスポンサーの方々でーす」    田口さんが指し示す方向を見ると、出入り口に牧村一族がたたずんでいた。 「拍手ぅー!」  ゴオーと地響きのような、バリバリバリと嵐のような拍手が鳴り響く。 「ごちそうさまでしたぁー!」 「ありがとうございましたぁー!」 「おいしかったでーす!」  若い歓声に、博士ご夫妻も、医院長ご夫妻もご満悦の様子だ。4人はあらかじめ用意された特等席に腰を下ろした。  
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