車中キス

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 車は地下駐車場に降りてゆく。地下二階まで下り、そこから4人でエレベーターに乗る。音も振動もない箱は私たちをマンションの最上階に届ける。扉が開いたら、そこはもう大理石の玄関。牧村家の大きなシャンデリアが視界に飛び込んで来る。  リビングに通された。ベランダからは私たちの町の夜景だけでなく、遠く湖の向こうの街灯(まちあかり)をも見渡せる。ソファーで向かい合ってハーブティーを飲んでいると、その独特な、清潔な香りが、私の混乱を少しずつ静めてくれるようだった。女の感情と思考は香りに左右されるのだ。 「あの時は、本当にごめんね。こわかったでしょ?」  隣の愛理が私の手を取って謝ってきた。再度の謝罪だ。心から悪いことをしたと思っているらしい。愛理だって女だから自分がどんなにいけないことをしたのか理解したのだろう。  確かに目隠しをされ身体をいじりまわされた時の気分は二度と思い出したくない。でも別に彼女のことを怒っているわけではない。ほかのオンナなら怒ったかもしれない。軽蔑したかもしれない。でも、愛理には否定的な感情が持てない。  愛理がお母さまとジュンくんの様子をチラリと見る。すると、一つ咳払いをして話し出した。  「ジュンがね、初恋の子、やっと見つけたって言って、すごく喜んでたの。でね、私、どうしても二人を結び付けてやりたくなった。精神的だけじゃなくて、肉体的にもしっかりとね。へへへ……」  そこへジュンくんの補足説明が入る。 「牧村の家ではね、男子が生まれると配偶者探しは叔母が責任を持ってたんだ。まあ、昔の話だから、そんなことにこだわる人は今ではほとんどいないんだけどさあ。オレも、親父の兄妹が多いからその人数分叔母がいる。でも、オレの嫁探しのことなんて誰も気に留めてないよ。なのに不思議なことに愛理だけは小さい時からそれにこだわりを持っていた。中学の時なんて愛理の親友と無理やりくっつけられそうになった。それがもとでオレの大親友と殴り合いの喧嘩になったこともある。その時以来、オレは女恐怖症だよ」  なるほど。それで桜坂で初めて会った日、「オンナ恐怖症」だとか「平和主義者」だとか言ってたのか。疑問が一つずつ解けていくたびに心が軽くなっていく。
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