車中キス

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 記憶違いだったのだろうか。あの日の後、きっと佳穂ちゃんに「キスしたらよかったのに」とか言われたのかもしれない。あるいは、私も少年に少なからず好意を持っていたから、キスの場面を想像しただけだったのかもしれない。それらが干渉していびつな記憶が出来上がったのか。  今日はやっぱりクリスマスイブなんだ! あの時の少年がジュンくんだったってことがわかったことが、私にはすっごいサプライズだ! 「でさあ、あの日の‥‥‥、ほら、桜坂でキミとあった日の三日ぐらい前だったかな。オレ、挨拶に行ったんだよね。いや、行かされたと言った方が正しいんだけど。山本先生に。数学の。父さんの幼なじみ兼患者さんだったから」  知らない先生だ。私たちのクラスの数学は波多野先生だ。 「その時、山本先生の机の上に合格者名簿があってさあ、同じ中学のヤツらの名前なんかもあって、ぼんやり見てたんだよね。そしたら‥‥‥発見しちゃったんだ。『美浜咲』。八幡郷(やわたご)中学出身。ピンときた。あの日牧ノ頭(まきのこべ)神社で遊んだあの子に違いないって」  その日以降、彼は毎日に手にザルをもって桜坂を何度も何度も上り下りしていた。二三日中に私が必ずあの桜坂を上ってくるはずだとの確信があったのだそうだ。「確信の根拠は?」と訊いたら、「勘だ」と答えた。 「でも、なんでザルなの? 私の気を引くんなら、チョコレートとか、アクセサリーとか、ほかのものがいろいろありそうだけど‥‥‥」 「伝説なんだ」  目が点になった。私の呆気を取られた表情を見て愛理がクスッと笑った。 「で、伝説?」  声が裏返る。 「うん、『牧村伝説』。‥‥‥っていうか、伝統か、な?」  ジュンくんが首を(かし)げた。あのかわいい傾げ方は彼が饒舌になる合図だ。誰も知らないジュンくんの癖を、私はもういくつか知っている。こうして少しずつ私とジュンくんは一体となっていくんだな、と思った。 「じゃ、キミにも話しておくよ、『牧村伝説』。これでキミが高校入学してから今日のことまで少しは納得がいくんじゃないかと思う」
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