牧村伝説

6/6
前へ
/266ページ
次へ
 図らずも涙が溢れてきた。悔しい思いと悲しい思いで胸が震える。すかさず愛理さんとお母さまが寄り添ってきて、背中をさすってくれる。その瞬間、私はとても幸せなんだと思った。だって、自分の思いを受け止めてくれる人がいるんだから。慰めてくれる人がいるんだから。私は大きく深呼吸をして、続けた。だって大切なこと、まだ言ってないし。 「‥‥‥『結婚しよう』って言われたことから始まった苦悩だったけど、その言葉があったから乗り越えて来られたと思ってます。だって、『結婚しよう』なんて、すっごく強烈な言葉じゃないですか。ジュンくんに世界でたった一人選ばれたってことだし、ジュンくんが私に人生をかけてくれたってことだし‥‥‥。とにかく、その言葉一つを信じてきました。たった5ヶ月だけど。貞利博士の3年間、お父さまの1年間に比べるととてもとても短い期間だけど‥‥‥」  お母さまも泣いていた。会いたいのに会えなかった時のことを思いだしていらっしゃるのだろう。この思いは私とお母さまの共有財産だ。大切な財産を共有している限り、嫁と姑はうまくいく。きっと、うまくいく! 「私たち、小6の時、牧ノ頭神社で会ってたんです。ジュンくんはずっと覚えていてくれたんだけど、私は記憶の片隅に残っているくらいで、そこにスポットを当てたことはほとんどなかったんです。今こうして『牧村伝説』のお話を聞いてみると、あの時から『牧村』の氏神様に導かれていたんだって感じてるんです」  ジュンくんがズズズと洟を啜りあげて、言った。 「サキには5カ月だったかもしれない。でも、オレにとっては5年近い歳月だったんだ。小6で初恋に落ちて、それ以来会いたくても会えなかった。高校に入ってやっとその子を見つけた。すぐにでも告白してつきあいたかったけど、牧村の末裔(まつえい)として、花嫁候補には編み笠を被せ、3年間待たなければならない。そんなことオレにはできないと思った。父さんと母さんは1年間だったと聞いて、じゃ、オレは半年ぐらいでいいかなって……。オレ、今すぐにでもサキと結婚したい」  ジュンくんがお母さまに訴えかけると、お母さまは大きくうなずいた。愛理も胸の前で手を握り、わくわくと成り行きを見守っている。 「わかったわ。結婚しなさい。じゃ、ジュンと最高のセックスを楽しんでもらうために、サキさん、あなたの躰、開発させてもらうわ。美浜咲の性感開発プロジェクト、いよいよ最終段階よ。さあ、こちらへ……」
/266ページ

最初のコメントを投稿しよう!

122人が本棚に入れています
本棚に追加