王子さま探し

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王子さま探し

 道は自分で切り開くものだ。だからザル王子も自分で探す! 「よし!」  とガッツポーズを決めると、鏡に映りこんだくちびるが今日もアヒルだ。  自室から廊下に出ると最近入って来たばかりの男性の職員さんが掃除機を回していた。はじめ私はこの人を「田村さん」と記憶していた。それが間違いだと本人から指摘されたのが一昨日。笑うと口が四角になって漢字の「田」に見える。「田の口」だから田口さん。もう間違えないからね。 「おはようございます、田口さん!」  私は愛光園の誰よりも明るく挨拶をしようと決めている。田口さんはちょっとびっくりしたような顔で腕時計をのぞき込んで、もう行くのかい?と上目遣いでニッコリしてくれる。  カバンを片手に玄関へ続く階段を身軽に駆け降りる。プリーツスカートがふわっと浮く。その時、足の付け根の方まで風が通り、身体が浮き上がるような気がする。その気分が大好きだ。今日はきっといいことがある。──それが確信できる瞬間だから。  学校まで歩いて20分。今日は田口さんのことを考えながら歩いた。  有名国立大学の出身。それも、法学部だなんてすごくない? お父さんもお兄さんも弁護士で、お姉さんはお医者さんなのだそうだ。ドラマに出てきそうなエリートファミリー。そんな彼が児童養護施設で働いている。弁護士さんなんて引く手あまただろうに、どうして施設で働いているんだろう。 「僕ね、できないことが沢山あってね、弁護士なんてとてもじゃないけど……」  と言葉を濁らせたときも口は「田」になっていた。眼鏡も四角っぽいし、肩の骨が張っているから体形も四角っぽい。全身四角で構成されているから、もっと安定感があっていいはずなのに、この人はどことなく不安定さを感じる。  心理的に不安定な人。──社会のヒエラルヒーの頂点に立てるような能力を持った人でも、いろいろ悩むことはあるんだなと思った。人生って私たちのような孤児にも、優秀な人にも、裕福な人にも厳しいものなんだね。高1の私にはまだよくわからないけど……。  桜坂を登って校門を入る。昇降口に生徒はまばらだ。運動場の方からカツーンとボールを打つ音や部員たちの掛け声が聞こえてくる。  毎朝ホームルーム開始直前に教室に入る私は、今週だけ30分早く出て各運動部の様子を見てまわることにしたのだった。
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