マラソン大会

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 でも、ただひたすら走るという行為は私には合ってない。性に合っていないのだと思う。嫌いだし体力も追いつかない。ゴールが見えていればまだましだ。残りの距離が確実に縮まっていることが実感できるだろうから。それに、あと少し、あと少しと自分を励ましながら走れる。なにを隠そう私は励ますのが大好きなのだ。自分も友達も。  長距離はダメだ。ゴールが見えない。何キロ走ってあと何キロ残っているのか感覚もつかめない。ただ、盲目的に、絶望的に足を動かさなくてはならない。みんなに追い抜かれてゆく。追い抜かれざまに汗たらたら、涙と涎でべとべとの顔をぞき込まれヒヒッと嘲笑される。心の中の声が聞こえてきそうだ。  ──美浜咲ってお尻は重いのね。  ──モテるからっていい気になって。たまには苦しめばいいんだわ。  ──今日ばかりは牧村潤も助けてくれないわね。いい気味よ。  せめて天気だけは曇っていてもらいたかった。こんな絵に描いたような日本晴れじゃ、私のお尻の重さにスポットがあてられているようなものじゃないか。  「カバ岩」を回り込むと、前方にダウンジャケットに身を包んだ日本史の先生が赤い誘導棒を振っているのが見える。そこを左へ曲がるといよいよ最後の難関だ。レイクサイドの平坦な国道をそれ、丘を上っていくのだ。反対方向からも男子の一群がよたよたと走って来て丘への道へ入っていく。両脇が鬱蒼としたスギ林で、枝どうしが頭上で絡み合い、昼間だというのに薄暗い。その細道へ同じジャージ、同じシャツを着た男女が吸い込まれていく。大きな掃除機に吸い取られるゴミになった気分だ。  男子のトップグループはもうゴールインしたころだ。このタイミングで坂道に差し掛かるのはやる気のない連中なのだ。私たちも含めて。  時代は進んでいるんだから、マラソン大会ももう少し楽しめるイベントにしたらどうだろうか。  また、私のお得意な想像力を発揮してみる──。  球技みたいに点数制にしたらどうかしら? ここまで走ったら10点、あそこまで走ったら20点。これなら途中でリタイアしても点数はいくらか残る。  ほかのクラスの子を追い越したら1点追加。「がんばれ!」って友達を励ましてあげたら2点追加。走っているときの明るい笑顔が男子に「かわいい」っていわれたら3点追加とか。エヘヘへ、それなら私もけっこういい線を狙えると思う。汗かいて薄ピンク色に紅潮した顔が一番かわいいのはわたし美浜咲なのだから。  
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