櫓立ちレース

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 この、チョー恥ずかしい姿に全く物怖(ものお)じしないのが、やはりこのみちゃんだった。 「田舎の駅で駅弁売ってる売り子さんのようだから『駅弁体位』とか呼ばれてるけど、本当は『(やぐら)立ち』って言うのよね。知ってた? 男の力の強さをアピールできる体位よね」  誰にというわけでもなく、理路整然と披露される彼女の性の知識も、「趣味の部屋」にあった夥しい量の官能小説から得られたものなのだろうと、私はニヤッとした。 「女の子の方は宙に浮いてふわふわといい気分になれるの。ちなみに‥‥‥、私もこの体位、けっこう好きなの。だって、密着度がほら‥‥‥」  見るとこのみちゃんと木坂君のあの部分がジャージの上から擦れ合っているではないか。ゴシゴシと音がしそうなほどだ。このみちゃんの柔らかい部分に木坂君の立派なものが徐々に食い込んでいく。 「よし、駅弁レース開始だ。みんなまっすぐに並べ!」  ジュンくんの一声に、4組の男女ペアが一直線に並ぶ。私とジュンくんのペアが一番右。順に左へ渡辺・このみペア、木坂・真純ペア、佐藤・美丘ペア。  真っ赤な幟が一層大きく振られる! 甲高い歓声が耳をつんざく!   「いいか、女の子を絶対落とすなよ! よーい‼」  男子はスタートの体勢を構え、女子はしがみつく。 「ドン‼」  4組一斉に走り出した。八方から歓声と奇声と囃子声を浴びせられる。カラフルな幟が振られる。赤や緑や黄色のハッピの乱舞に目がちかちかする。プラスチックのメガホンから、応援、激励、罵倒、非難など、あらゆる種類の歓声が飛び交う。こんなに盛り上がることは体育大会でも球技大会でもなかったことだ。 「馬鹿野郎ども! オメーら恥ずかしくないのか!」  湖南高校で最もガラの悪い体育教師、松伊垣(まついがき)だった。彼はトラックの中央に躍り出ると、力士さながらに両手両足を広げ、行く先に立ちふさがる。走って来る私たちを三白眼で睨みつけ、遠くからでも毛穴の一つ一つが数えられそうな団子鼻から気炎を上げている。
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