櫓立ちレース

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   広い運動場と観覧席のあちこちにできた点と点。それがやがて線で繋がり、面に広がってゆく。騒動は確実な足取りでじわじわと拡大していった。そこに純日本的なリズムが加わり、アクセントが刻み込まれ、絶妙なアンサンブルが展開される。 「えじゃえかぁ、じゃねえ! き合うーことのニが悪い!」  その時私には見えた。──いや、ひょっとしたらジュンくんと正常位で重なり合う幸せに浮かれて幻覚を見たのかもしれないけど──白衣を着た背の高い女性が生徒たちの前に進み出て、チアガールのように両手を振り回しているのを。髪を振り乱し、長い手を振り回し、お尻をプリプリと揺すぶって全校生徒を煽っている。 「フ、フミカ?」  フミカが音頭を取っている? みんなを扇動している?  トラックを囲んだ生徒たちがフミカの指揮とヒップダンスに合わせて、手拍子を打ち、声を合わせて叫び出すわ、踊りだすわ。 「えじゃえかぁ、じゃねえ!」  みんなの声は津波のように盛り上がり、ますます野蛮で原始的なリズムを刻んでいく。私もこのリズムでジュンくんの太いモノで突かれている。あん、あん……。私がどんなに喘ぎ声を上げても群衆の大合唱でかき消される。  歓声の渦でグラウンドが揺れる。観覧席がグラグラと沸騰する。若いエネルギーが真っ白な蒸気をモクモクと上げている。歓声の大津波。  いつの間にかフミカの姿は跡形もなく消えていた。──やっぱり私の錯覚だったのかも。フミカだって教員の一人。生徒たちを煽り立てるようなことをするわけはない。  消えたフミカの代わりにしゃしゃり出て来たのが、我が湖南高校の応援団長だった。  特別あつらえのダブダブの学ランを着た応援団長熊沢がグラウンドのまん中に躍り出ると、いよいよ大将のお出ましとばかりに、運動場のあちこちから団員が走り出て来る。ジャージのままの団員もいるし、学ランを着ている者もいる。寒空の下上半身裸のヤツもいる。彼らは日の丸ハチマキの熊沢の指揮に合わせエンヤエンヤ拳を振りだすのだった。  そこへ、なぜマラソン大会にブラスバンドなのかと首をかしげる向きもあろうが、大太鼓が加わり、トランペットとトロンボーンも加わった。 パッパラパッパー バーボーバー! 「えじゃえかぁ、じゃねえ! き合うーことのニが悪い!」  全校生徒が一つの合唱団になったように、声を合わせる。フルートとピッコロがピーヒャラピーヒャラと夏祭的彩りを添える。ホルンが角笛のごとく響き渡りアルプス観覧席に反響する。
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