櫓立ちレース

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   運動場のあちこちで告白、キス、抱擁が相次いだ。進んだカップルは互いにジャージを脱がし合う。若い欲望に身を任せ躰をまさぐり合う。  学ラン姿のフミカがグラウンドの真ん中で、みんなを煽りたてる。カストロだってスターリンだって毛沢東だって、こんなに大衆を狂気に煽りたてることはできなかった。フミカだからこそできることだ。  ぴぃーーーーー!  甲高いホイッスルが響いた。これももちろんフミカが吹いたものだ。  すると女子生徒たちが申し合わせたように狂いだした。全校女子生徒が一斉に体操服の下に手を差し入れ、躰をもじもじ(よじ)りだしたのだ。 「え? ウッソー!」  私は自分の目を疑った。  ブラジャーを外しだしたのだ。全校生徒が。うら若い女子生徒たちが。  まだ体温の温もりを宿すほかほかブラをクラス委員が回収する。それを男子たちが(のぼり)棒にくくり付けてゆく。  何本ものブラ(のぼり)が大空にはためく。よく見ると、中にはショーツ幟もある。それらが真っ青な大空に舞い上がる。  なんてきれいなんだろう。なんて鮮やかなんだろう。そして、なんて健康的なんだろう。いやらしさなどみじんも感じられない。 ピーヒャラピーヒャラ パッパラパッパー! 「大安売り」のハッピを着た青年たちが踊り狂っているからと言って、無垢なる若者たちの性を投げ売りしているとは誤解することなかれ! これは性の喜びを高らかに謳歌する青春の祭典なのだ。 ドンチャラドンチャラ パッパラパッパー! 「えじゃえかぁ、じゃねえ! き合うーことのニが悪い! えじゃえかぁ、じゃねえ!」  「ええじゃないか騒動」。──幕末、慶応年間に地から湧きあがるようにして社会を席巻した現象がどうして今、こんな地方都市で起こったのか。新撰組が京都の通りを闊歩し、泥と汗まみれの坂本龍馬が全国を駆け回り、将軍慶喜が大政奉還の構想を練っていたあの時代の再現が、どうして今こんな無名な田舎の高校で起こったのか、誰も説明はできまい。令和版「ええじゃないか騒動」の仕掛け人は誰だったのか。教員たちのプライドをかけた必死の捜査にも関わらず、今もってそれは解明されてはいないのだ。  でも、私、美浜咲は個人的に、そして根拠もなしに確信している。すべては湖南高校のアフロディーテとして崇められる養護教諭フミカが画策したものであることを。彼女の崇拝者たちが秘密裏に抜け目なく準備していたものであることを。
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