さよなら、お姉さん

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 ゲンジ先輩とのことは、新年を迎える前に破綻していたらしい。彼は私に対してだけじゃなく、いろいろな女性にストーカーまがいの行為を繰り返していたと聞く。そういう噂だ。でも、私にはわかる。彼は悪人ではないのだ。実際、警察に訴えられるほどのこともしていないし。ただ──、とても素直な人なのだとおもう。その素直がちょっと度を過ぎているというか‥‥‥。  朝子姉さんのことが好きだったから、いつも彼女と一緒にいた。秋までは大学進学も視野に入れていた人だから、教室で、そして部活引退後は放課後の図書館で、お姉さんと額をつき合わせて勉強していたそうだ。彼女の方は進学はあきらめていたから、自分のための勉強はしない。教室で習ったことや問題集の内容を彼に噛み砕いて彼に教えてあげた。時間の許す限り熱心に教えてあげた。それがもともと勉強の好きな彼女にとっては理想の居場所となった。  二人とも素直だから、自分の感情に早いうちに気がついた。素直だからそれを表現した。お姉さんが本来人前での感情表現が苦手であることをゲンジさんはよく知っていたから、お姉さんが笑ったりはにかんだりすると、自分が彼女にとって特別であると感じた。実際、特別だったのだろう。  だから、肉体関係にまで至った。放課後、誰もいなくなった教室の片隅で──なんて大胆なこともあったようだ。(お姉さんがそれとなく話してくれたのだ。)  車好きのゲンジさんだから、大手自動車販社の求人情報への反応は電光石火だった。会社の方でも彼のことが気に入ったらしい。体力に秀で、情熱家かつ努力家であり、体育会という組織社会にも慣れ、ルックスもまあまあ。  内定が出たとたんにゲンジさんは変わった。有名会社のエンブレムで人の心は変わるのだ。  お姉さんとの関係はぎりぎり維持しながら、明らかに彼女よりはレベルの高い女子を狙いだした。男子に人気があり、いつもみんなの中心にいて、クラス委員もやってたりする、の女子。ちょっと反応がいいと、すぐ後を追いかけ回す。けっこう細かいところに気づく男子だから、言い寄られた女子の方でも悪い気はしなかったんじゃないかと思う。
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