さよなら、お姉さん

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 けっこうことにも長けていたようだ。クリスマスイブのサッカー大会のことが思い出された。小中学生だけでなく、ゆきちゃんとたっくんにまで気を使っていたではないか。後になってお姉さんは「演技よ」と吐き捨てた。  ──女の子に気に入られるためならあのくらいのことはお茶の子さいさいよ。  ──女の子って‥‥‥。  ──決まってるじゃない。アンタのことよ。  ついこの間の会話だった。ショックだった。お姉さんにとってはもっとショックだったと思うけど。  お姉さんはゲンジ先輩のことけっこう気に入ってたと思う。あちこちの女子に手を出していたことが明るみになった時かなりショックを受けていた。でも、うじうじ悩んでいる彼女ではなかった。この男はダメだと思ったら、果敢に切り捨てる決意と勇気には感嘆したものだ。  ──そうよ。施設を出たら一人で世間を渡って行かなきゃならないんだから、このくらいの勇気を持たなくては!  私もそう決意させられた。  でも、朝子姉さんだって女だ。だらしない男は切り捨てたものの、毎夜毎夜部屋で一人で泣いていたのを私は知っている。  ──大輔さんとはうまくいってくれるといいな‥‥‥。  私は強く強く願った。そして祈った。 「中川先輩はね、湖南高校サッカー部の伝説になってる人なんだ。鬼キャプテンとしてね」  ジュンくんが脇から補足説明をしてくれて、私は過去の嫌な記憶から引き戻された。彼は私の頭を優しく撫でてくれる。 「お、鬼だったんですか?」  振り返って大輔さんを見上げると、テヘヘヘへと頭を掻いて、はにかんでいる。その表情、たっくんにそっくりだ。    こんな優しそうな笑顔とひょろりとした体躯からはとても「鬼」を連想することなどできなかった。  この時見た彼のはにかみは、私たち高校生が持っている思春期特有のそれではなかった。厳しい上下関係のある社会の中で訓練され身についた、礼儀としての、作法としての要素が多分に含まれていることが伝わって来た。  ふだん優しい人だけど内面的な強さと厳しさを持った人。──そんな人なら朝子姉さんをしっかり導いてくれるだろう。 「よかった!」  お姉さんの前途は明るいはずだ、きっと。よかった、本当によかった。 「え? 鬼でよかったのか?」  ジュンくんが大輔さんをちらちら見ながら、腑に落ちない顔で頬をポリポリ掻いている。
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