さよなら、お姉さん

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 荷物の積み込みはあっという間だった。男性は布団袋やら衣装ケースなど、大きめの荷物を二つずつ、私と朝子姉さんは靴やワレモノの入ったスポーツバッグを一つずつ運び入れたらもう終わり。ベッドや机や洋服ダンスなどの家具は施設のものだから荷物の総数は少なくて当たり前なのだけど、積み込みに要した時間はたったの20分足らず。そのあっけなさに全員がしばし物足りなさと空しさに呆然としてしまった。  お姉さんが出発する時、愛光園の子供たちと職員のみんなで見送った。  これでお別れというわけじゃない。明日、部屋の整理を手伝いに行くと約束した。職員さんも定期的に様子見に訪ねることになっているし、私も時間を作ってちょくちょく行くつもりだ。お姉さんがいつ来てもいいように、部屋のタンスには彼女のパジャマが置いてある。早速週末にはお姉さんが私の部屋に泊まりに来る。一緒の布団で寝る約束になっている。  最後のお別れをしたわけじゃないのに、お姉さんがいなくなった部屋で私は一人で泣いた。明日になったら会えるのに。週末になったら一緒のベッドで寝れるのに。心にすきま風が吹いて鼻の奥にしんしんと沁みた。そして、  ──どこにいるの‥‥‥?  と思った。  朝子姉さんはしっかり勉強したから、立派な会社に就職した。住む寮だってある。今頃、大輔さんと仲良く部屋の整理をしているはずだ。彼女はそこにいるだろう。でも、  ──どこへ行ったんだろう‥‥‥。  と思った。  不安に打ちひしがれた彼女の心が、たった今彼女が出て行ったばかりのこの畳部屋に転がっているような気がしてならないのだった。まだ愛光園に留まっていたい幼い心が。しかし、私の目にはそれが見えない。どこにいるの? どこへ行ったの?  やがて、それは自分の心なのだと悟った。将来が不安で不安でしょうがない私の心が、お姉さんが出て行ったばかりのこの部屋に漂っている。空っぽになってしまった部屋が見事に私の心と共鳴しているのだった。  キューっと胸を絞られるような孤独感。そして不安感。負の感情がデコボコな形をなし、気管支をふさいでいる。呼吸が苦しい。私は両手で胸を押さえ、深呼吸してみる。空気を限界まで吸い込み、一滴残らず吐き出す。それを何度も反復する。それでも空気が足りない。  目が霞む。耳が遠くなる。  ああ、私は宇宙に放り出されたんだ。広大な空間にたった一人。お父さんもお母さんもいない。私は天涯孤独の身。この不安、どこかへ消え去れ! この孤独、誰か癒して!  階下からたっくんのやんちゃな声が聞こえてきた。  とたんに真空をさまよっていた魂が私の肉体にスポンと落ちてきた。
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