疑い

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 使命と責任──。そう、愛理はジュンくんの「叔母」としての使命と責任を果たそうと一生懸命になっているのだ。ジュンくんの叔母に当たる人は愛理一人じゃないのになぜ彼女だけ昔の伝統にこだわってこんなに必死になるのか──。  重要なのは伝統じゃない。  愛理は好きなのだ。ジュンくんのことが‥‥‥。幼い時から‥‥‥。  彼女がジュンくんの嫁探しに躍起になるのは、それにかこつけてジュンくんのそばにいたいから。ジュンくんの世話を焼きたいから。そして──、ジュンくんに躰を捧げたいから。  「牧村」では、昔から叔母は甥の嫁の世話をしたという。嫁を世話するだけじゃなく、童貞に「性の手ほどき」もしたらしい。そのことは、ミツエさんからこっそり教えてもらった。「『牧村』の恥だから」と一旦は躊躇しながらも、「じゃ、『牧村』を理解していただくために、あなただけには」と、こっそり話してくださったのだった。『牧村』というよりは、娘の愛理を理解してほしかったのでは、と今になって思う。 「牧村」の古くからの伝統の話は、ミツエさんは愛理にしたことがないと言った。きっと誰かが祭りの酒に酔ったときにでも口を滑らせたのだろう。だが、誰も彼女に強制はしたわけではない。彼女が自ら名乗り出たのだった。 「牧村」は男女の穢れを忌み嫌う。「牧村」の男を穢れから守るのは「叔母」の責任だ。「叔母」の責務は3つある。一つ目は「甥」の「嫁」探し。二つ目は「甥」を穢れから守ること。すなわち、よこしまな女を退け純潔を守るせること。三つ目は「甥」に性教育を施すこと。すなわち、自らの躰を使って愛の技術を教育することである。もし「叔母」が処女であるなら、「甥」との交わりを経ても「名誉処女」として「牧村」では尊ばれるし、「甥」も純潔を捨てたことにならない。  ──とすると、ジュンくんはすでに愛理と?  「叔母」である愛理と交わったとしても、「牧村」の尺度ではジュンくんは「童貞」のままで、愛理は「処女」であり続ける。世間的に見たら近親相姦という目も当てられないレッテルを貼られちゃうけど。  一度疑いの目が芽生えると、それまで何ら意味を持たなかった小さな記憶の断片がパズルのピースのように結びついて行く。客観的に見たら大きさも形も合ってないのに、角度と方向を変えたらピッタリ符合するんじゃないかという予感さえしてくる。  そう。ジュンくんと愛理の噂は前からあったではないか。部活の後、待ち合わせて一緒に帰るのだとか、放課後の教室でキスしていたとか、水泳の授業のあと二人だけ逃亡して、午後の授業は出てこなかったとか。  誰かの悪意ある作り話かもしれない。取るに足らない些細な記憶の断片を栄養分として吸い上げどんどん成長していく。苦い汁が胸の奥から湧いて来て、口の中を満たしてゆく。  これが「嫉妬」というものか。愛理が「使命」とか「責任」とか言うと、確かに聞こえはいい。だが、それがとんでもないに思えてきた。だって、「叔母」と「甥」が合法的に肉体関係を結べる根拠となっているのだから。愛理自身も「伝統」の名により自分を誤魔化している。結局自分がジュンくんとセックスしたいだけじゃないか。
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