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桜坂のカップル
「ジュンくん、ほらほら、つかまえて、つかまえて! あー、すり抜けちゃったじゃない!」
「おい、サキ、それよりこっちの木だ! ほら、たくさん散ってくる」
私たちはやはり桜坂にいた。湖南高校正門に続く坂道。一年前の今日、私とジュンくんはここで出会ったのだった。
坂の上を眺めても下を眺めても、細かいピンク色がひらひらと空間を埋め尽くしている。朝日がこんなに燦燦と注いでいるのに。大空はこんなに青く澄んでいるのに。遠くの湖もこんなに輝いているのに。桜坂だけはピンク色に煙っているのだった。
「サキってさあ、去年の今日もここで同じことやってなかった? 朝子さんと!」
「うん、やってた、やってた! 夢中になって桜の花びら追ってたよ!」
振り返ると、ジュンくんの肩越しにこのみちゃんが、そのさらに向こう、正門の真ん前では愛理が、やはり散り降る花びらを追っているのが見える。
「オレもさあ、去年と同じ日に、去年と同じ女の子を見つめているんだ!」
「それって‥‥‥、私?」
「そう! 美浜咲! かわいくて、おちゃめで、おっちょこちょいの美浜咲!」
去年と同じ学生服姿のジュンくんに見つめられ、頬が火照って来る。まるで生まれて初めて男の子に見つめられたように。私も去年と同じセーラー服。あの時は真新しかったけど、今日はいくらクリーニングしたばかりとは言え、ちょっとだけよれて、抜けないシミもある。
「オレたちって、進歩ないよなぁ」
「進歩なら‥‥‥あるよ。ほら!」
私は桜の花がたまった真っ赤なザルを差し出す。両手で慈しむように。
「同じことやってたけど、去年よりはお利口さんになってるでしょ?」
「ザルか?」
「そう。ザル! 最初から持って来てるモン!」
そうだな、と言ってジュンくんも手に持った青いザルに視線を落とす。私よりたくさんの花びらが集まっていた。去年ジュンくんが私と朝子姉さんに被せてくれたかぶせてくれた赤と青のザルを、感慨を込めて見つめる。
「進歩なら、ここにも‥‥‥」
恥ずかしくてうつむく。ちょっと声が震えたかも。舞い散る桜のように。
「どこ?」
ジュンくんのその声は、いまさら言わなくてもわかってるよ、という感じで、ちょっと意地悪だった。
お腹にそっと手をあてる。スカートのプリーツを感じる。自分のお腹なのにすごく大胆な行動に思われる。嬉しさと恥ずかしさで彼を正視できない。やはり……てうつむいてしまう。
「去年の今日はまっさらな処女だった。今年は‥‥‥、もう半分‥‥‥処女じゃ、ない、よ‥‥‥」
な、なんて恥ずかしいことを言ってるんだろう、私って。額越しに彼を見上げると、いつも端正に整っている彼の顔もこの時ばかりはだらーんと伸びている。手が伸びてきて優しく肩を抱かれた。
桜を見上げて私たちの脇を通り過ぎていく近所のおばさんが、クスッと笑った。
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