王子さま探し

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 うずくまった野獣どもが拳で地面を叩き一斉にうなり声を上げる。遠くに見える校舎の窓が開き、先生たちが胡散臭い表情でこっちの様子をうかがっている。 「ひどい! 一発……なんて、そんなこと言ってないのに……」  誰も私のこと聞いてない。  一人の手が挙がる。同じクラスの木坂くんだ。彼は前に進み出て部員たちに向かって立つ。 「俺、美浜咲と同じクラスです! 前から彼女に憧れてました。あのザルは俺のじゃない。でも、俺、ここで美浜咲にデートを申し込みます!」そこで彼は軍隊式に回れ右をして私と向かい合う。「サキさん、俺、野球部破門になってもいい。甲子園へ行きたくて湖南高校に来ました。でも、サキさんのためならあきらめられる! 美浜咲さん! 俺とつきあってください!」  腰を九十度に折ってから上げた目の真剣さに私はひるんだ。よくあるように、その場の雰囲気を盛り上げるためにとった道化的行動でないことは明らかだ。まずい。この男、本当に私のバージンを狙っている。 「バカやろー。オマエなんかが美浜さんとデートしたら、彼女が穢れちまうだろ⁈ 俺は許さん!」  やはり同じクラスの渡辺くんが木坂くんに掴みかかる。そこにほかの男子が割り込み、別の男子も殴り込みで参戦する。はやし立てるオトコに止めようとするオトコ……。攻めに回るオトコに防御に甘んじるオトコ。オトコにオトコ。オトコとオトコ。興奮のあまり目を血走らせてバットで殴りかかって来るオトコ。オトコオトコオトコ……。このカオスはもはや収拾することが不可能だ。なぜなら彼らはオトコだから。  なぜ野球部が恋愛ご法度なのか納得がいった。私とこのみちゃんは同時に肩をすくめ、ほーっとため息をつく。  向こうからさっきの二人のマネージャーがこっちに走って来るのが見えた。怒りと動揺で顔をまっ赤にしているのが遠くからでも見える。そろそろ退散時だ。 「サキちゃんが探している人、この中にいそう?」 「ううん、いないみたい」 「行こうか」 「うん、もうすぐ始まる時間だしね」  私とこのみちゃんは、修羅場と化した鉄棒前から去る。頭に赤と青のザルをかぶったまま、マネージャーが走って来る反対方向へ、グラウンドを大回りして昇降口に向かう。  その時、突風が巻き起こりグラウンドに砂ぼこりの竜巻ができる。私はあわててスカートを押さえた。このみちゃんの短いスカートがものの見事にまくれあがる。折り畳み式の傘のように。
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