腰痛

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 腰骨のちょっと下を掴まれる。支えられてゆっくり歩き出す。くびれのちょっと下あたりを広い手にがっしり掴まれると頼もしい。やわな腰骨ががっしりした腰骨に補強されているのが心強い。ヒップの裾野だけど恥ずかしいなどと言っている余裕などない。おかげで何とかバックヤードまで辿り着く。 「オレ、三年の本村。サッカー部の。今日、見に来てたでしょ。練習。朝の」  彼は唾を飲み込んだり、頬をひきつらせたり、目をぱちくりさせながら、大変な労力で一つの文を完成させた。話すことがあまり得意でないのかも。顔には無口の人特有のオーラがあった。うちのクラスの本村くんともなんとなく顔つきが似ていて、噴き出しそうになるのを我慢する。先祖が同じなんだなあ、と思った。 「あ、はい……」  パイプ椅子に座ろうと方向転換すると、痛みがぶり返し冷や汗が流れる。本村さんの背中を抱くようにしてパイプ椅子に恐る恐るゆっくりと腰を落としてゆく。パイプ椅子の天板がすぐ下に見えるのに、そこまでの距離がどうしても縮められない。あと少し‥‥‥、イタッ! もう少し……、ウッ!  そのとき、ふたりの頬と頬が触れ合ってしまった。ザラッとした感触は髭が生えかかっているせいだろう。  直感的に「まずい!」と思った。とっさに不自然に顔をそむけた。それは助けてくれた人を拒否する仕草だとなじられても仕方ないだろう。だからと言ってくちびるがそこに触れるわけにはいかないのだ。  大切な、大切な私のくちびる。  そう‥‥‥。くちびる‥‥‥。あ、そうか‥‥‥、あの時も‥‥‥。
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