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「あっ、キミ、気が利くねえ!」
朝子姉さんが満面に笑顔を湛え駆け寄ってくる。ポケットから溢れた花びらがひらひらと舞い落ちる。春のそよ風になびく柔らかな髪。私も三年生になるころにはあのくらい髪が長くなるだろうか。私にかぶせられたザルの青い方を手に取ると、自分の頭にかぶせた。ピッタリだ。情けないけど、ふたりともザルがよく似合う。
「五分刈り。……ということはキミ……、一年生?」
中学生は市内一律五分刈りという肩ぐるしい田舎町に住んでいる私たちだった。
「はい。……あ、いや……。入学式前だからまだ一年生にもなってない。中三? ですね、正確には。アハハ……」
「そうか、まだ中坊か。じゃ、この子と同じだね」
指を差されてドキッとする私はなぜか立ち上がらなければならないような気がした。乳房の痛みを押しやって意地で背筋を伸ばす。彼の視線がほんの一瞬だけ私に注がれた。目が合ったと思ったらすぐにスッと逸らされ……。
え? 一瞬で嫌われた?
「同じクラスになったら、この子の面倒よく見てやってね。おっちょこちょいな子だから」
お姉さんは私がかぶった赤いざるをポンポンと叩いた。
「はい、じゃあ、同じクラスになったらという条件つきで……」
長身の中坊クンは私をちらっと見おろした。その面倒臭そうな仕草。やっぱり嫌われている……。まだ一言も話してないのに? でも、あなたの腕、さっき確かに私のオッパイに当たったよね? 女子高生のオッパイに触れておいて、嫌うなんてひどいじゃん! JKブランドのオッパイだよ!
私は頭からザルを脱ぎ、じっと彼の瞳をのぞく。むっとほっぺたを膨らませて目に力を入れる。どんなに無理して背伸びしても、彼の喉仏にまでしか届かないけど、それでも拳を強く握り、ありったけの眼力を込めて下から見上げる。
しかし……。
切れ長の目から覗く瞳は暖かそう。そして……、こんな片田舎の町のどこから現れたのだろうと不思議になるほど高貴な雰囲気を身にまとっていた。
敵意は一瞬にして和らいだ。
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