腰痛

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 小学六年生の時の出来事がフラッシュバックしたのだった。幼い当時はとても印象に残った出来事なのに、ずーっと、何年も思い出すことなかった出来事。  愛光園から歩いて30分ほどのところにある牧ノ頭(まきのこべ)神社。地元では大きくて有名な神社だったけど、学区外にあるから行ったことはなかった。その日、私は同級生の佳穂ちゃんに誘われて、そこの夏祭りに行ったのだった。(佳穂ちゃんは中学に上がってすぐ大阪に引っ越して行った。それ以来、音信はない。)りんご飴を頬張った後、二人で金魚すくいをした。でもなかなかすくえない。すると、私たちのことをさっきからニコニコと楽しそうに眺めていた背の高い男の子が隣にしゃがみ、ポイを貸せと言われた。「どれがいい?」と訊かれたから水槽で一番真っ赤で、一番大きくて、一番健康そうな金魚を指差した。(そう、当時から私はすごく欲張りだったのだ。)男の子はお安い御用ですと言わんばかりに「ふん」と鼻息を吐くと、その金魚ともう一匹小さな金魚をすくい上げ、私にくれたのだった。6年生だと言った。同じ学年だ。名前は教えてくれなかった。佳穂ちゃんとその男の子と3人でしばらく遊んだ。何をして遊んだのかは覚えていない。ただ、私は男の子がとても気に入った。とても頼れる感じだったし、私たちが人とぶつかったり転んだりしないように気遣ってくれた。こんなに優しい男の子は私たちのクラスにはいない。男の子の方も私たちと(いや、正確にいうならば、私と)仲良くしたがっていると感じた。帰りたくなかった。だって小学校が違うから今日さようならしたらもう会えないかもしれない。私には携帯電話がなかった。でも、日が傾いてくるし、門限もあるから帰らなきゃいけない。私と佳穂ちゃんは、夏祭りの喧騒に背を向け、男の子の後について神社の階段を下りていた。あと3段くらいになったとき、私が段を踏みはずした。男の子がタイミングよく振り返り、私を胸に抱きとめてくれた。その時、佳穂ちゃんが見ているにもかかわらず、男の子は私の頬にキスをした。もののはずみで触れ合ってしまったんじゃない。本当にキスされたのだ。当時はやっていたドラマのワンシーンに酷似していた。  それだけのことだ。もしかしたら男の子はキスなんて考えていなかったのかもしれない。顎にりんご飴の名残がこびり付いていて、それを吸い上げただけなのかもしれない。私が勝手に当時はやっていたドラマと結び付け、妄想に陥っていたのかもしれない。でも、その瞬間のドギマギは心にしっかり刻印された。そこには気に入った男の子を突き飛ばしてしまった良心の呵責も混じっていると思う。
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