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「ふー」
パイプ椅子に落ち着いたとたんに腰の痛みが和らぎ、安堵のため息が漏れた。それは本村さんのため息と同時だったから、二人でちょっとだけ笑った。高校生なのに本村さんの目尻には笑いジワができている。
「ああ、やっちゃったかあ」と、びっくり顔の店長。「よくあるんだよね。ほら、うちほとんど、と言うか、全部立ち仕事だから、腰をやられるスタッフがけっこういてさあ……。ああ、キミ、ありがとう。同じ高校みたいだね。でも、ここスタッフ以外は入れないんだ。だから、悪いけど……」
本村さんは、店長に、じゃ失礼します、と礼儀正しく頭を下げ出て行こうとした。そして、あ、そうだ、と立ち止まると、素早くメモに何か書いて渡してくれた。
「痛くて動けないようなら、俺、呼んで。送ってあげるから。自転車でよかったら。家まで……」
切り貼りだらけの一文が完成し、目を落とすとそこには名前と電話番号が書かれていた。
「実はキミがバイトしているの、前からずっと見ていて、それで……」
「え‥‥‥」
話題の転換について行けなくて、口がポカンと開いてしまった。
「で、今日、オレたちの練習見に来てくれたのが嬉しくてさあ……」
そこまで言うと、彼は「てへっ」と手を後頭部にやって、「じゃ」と踵を返した。
「へえー、やっぱりモテるんだね、美浜さん。」
腕を組んで私を見下ろしている店長が、意味ありげにニヤニヤしている。
「オレが高校生なら、もっと過激に出るよ」
「過激に? な、なんか、店長の目つき、ちょっとイヤらしいですヨ」
私は両腕を胸の前に交差させる。両脚もキュッと閉じる。それでも店長の視線は執拗だ。
「オレならキミをお姫様抱っこしてマンションまでお持ち帰りしちゃうけどねえ」
「て、店長ったら! やめてくださいよ!」
「はははは、冗談、冗談!」
店長は天井に顔を上げ、大げさに笑った。顎骨と頬骨がいつもより出っ張って見えた。
「美浜さんがここでバイトしている時間、オレは絶対的にキミを守るから!」
「て、店長‥‥‥」
私の倍以上生きているオジサンでも、好意を示してくれたら嬉しい。ちょっとだけ顔が火照った。店長も、角ばった顔を真っ赤にして頭を掻いていた。
今日は代わってやるから早退しろと言ってくれたが、断った。だって、時給、ほしいから。なんとか8時までの労働を持ちこたえ、朝子姉さんに自転車で迎えに来てもらった。ちなみにこの自転車は、お姉さんが卒業したら私がもらい受けることになっている。
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