腰痛

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「へえー、源次郎がねえ……」  遅い夕食の後、朝子姉さんが私の隣に座り、へたくそな数字と漢字が踊っている紙切れをジーッと見つめていた。 「ゲンジロウって本名なんですか、本村さん?」 「そう。『本村』ってうちのクラスに3人いるのね。だから下の名前で呼ぶわけよ。ゲンジロウって。でも名前が長いからみんなめんどくさくなって『ゲンジ』って。眉毛が濃い女子からは『ゲジゲジ』ってからかわれてるし……」  本村さんの話になってから急に朝子姉さんが饒舌になった。ふだん寡黙な彼女には珍しいことだ。 「で、うちのクラスって男子の名前がちょっといかつくてさあ。源次郎とか、竜童(りゅうどう)とか、善八(ぜんぱち)とか。なんか、笑っちゃわない?」  お姉さんは語尾を急激に上げてクククッと笑った。でも、いつも一緒にいる私にはわかる。今のお姉さんの明るさ、かなり無理してる。 「でも、個人的にはそういう名前好きですよ」 「えー、それってゲンジのことも好きってこと?」 「それは違いますって。今日会ったばかりなのに。もう、お姉さんったら……」 「でも、ゲンジはサキのことが……」  お姉さんは紙切れを座卓の上に置いた。それを見つめる目はとても寂しそうだった。 「朝子姉さん……」  いつもしているようにお姉さんの肩に寄り掛かる。ほんわか温かいはずの肩が今日は何となく冷たい。いや、肩が冷たいんじゃない。饒舌とは裏腹にお姉さんの態度が冷え冷えしているのだ。 「源次郎ってさあ……」  お姉さんが視線を上げた。壁にかかった額入りの風景写真を見上げながらお姉さんが呟いた。小高い丘から見下ろしたどこかヨーロッパの城塞都市。いつか行きたいと言っていたところ。 「名前はいかついけど、心は(やわ)なんだよね……。頭悪いくせに大学目指しててさあ。勉強わからないところがあるとすぐ私のところに来るの。人懐こいところが魅力かなあ……。欠点は人の心がわかりすぎて、いつも気を使ってるところ。……いいヤツだよ……」 「お姉さん……」
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