裸で放置されて

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 囲いの白いカーテンも開けたまま、そしておそらく保健室のドアも明けたまま、フミカは出て行った。スリッパの音がどんどん遠ざかって行く。  静寂──。  半開きになった窓から、スズメのさえずりが聞こえる。上空に飛行機が飛んでいるのだろうか。天空に反響するブーンという音が次第に遠ざかって行く。 「どうしよう……」  ストッキングなど穿いてない。ブラとショーツのまま両手両足を縛られベッドに固定されている。目隠しもされている。自分の置かれている状況が理解できなくて、心臓が不穏な鼓動を刻む。こめかみあたりが痛くなってくる。  しばらくすると、廊下を駆ける足音が聞こえてきた。遅刻した生徒だろうか。開けっ放しの保健室の前を通り過ぎてゆく。「チクショウ!」と吐かれた捨て台詞は男子の声だ。思わず身をすくめた。でも、縛られているから身動きもできない。かろうじて横寝になれる程度。毛布もない。ここに男子生徒が入ってきたりなんかしたら……。  ──どうか入って来ませんように。  足音は遠ざかって行く。向こうの階段をパタパタと駆け上がる音が聞こえる。  ──よかった。  ほっと安堵のため息をついたのも束の間。生徒が駆け上がって行った階段の方向からパタパタと近づいてくる音がある。上履きではない。スリッパだ。足音と同時に中年男性のかすれた話し声が近づいてくる。  校長と教頭だろう。去年休学していた生徒がどうのこうのと話している。そのまま通り過ぎていくことをひたすら祈る。近づく足音に緊張が極まり内蔵が縮みあがった。皮膚がピリピリと痺れて来る。危機に備え血管が収縮しているのだろう。  よかった……。二人の足音が遠ざかるにつれ緊張がほぐれてくる。  のどが乾燥して気管支の粘膜がくっつきそうだった。水が飲みたい。フミカが帰ってきたらまず水を飲ませてもらおう。  腕を引っ張って見る。脚をよじって見る。ベッドがきしむのみで、手ぬぐいのような布はしっかり縛られていてほどけそうもない。どうしよう。このままフミカが帰って来なかったら……。 「だ、だれか……」  助けを求めようと声を出しかかって、あわてて口をつぐんだ。男の教員や男子生徒が入って来られるのはゼッタイいやだ。16歳の裸が、処女の清らかな裸がさらされることになる。  校舎の開かれた窓からだろう。生徒たちのどっと笑う声が漏れ聞こえてくる。運動場からは断続的なホイッスルの音が聞こえてくる。平和な学びの場の一角の地獄。ここ保健室だけが、悪魔的な緊張に支配されている。なぜ私ひとりがこんな目に合っているのだろう。  再度上履きの足音。  着実にこちらに近づいてくる。不穏な決意を込めた着実な足音の接近がプレッシャーを与える。緊張が募ってこめかみが痛くなる。何かとんでもないことが起きそうな予感が胸を冷やす。  ──大丈夫よ。安心しなさい、サキ。これもきっと通り過ぎるはずよ。  だって、かわいくて気立てがよく誰にも愛されている美浜咲にそんな不幸ななど起こるはずがないのだから。だが──、  足音が保健室の前でピタリと止まった。
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