長いもので貫かれる

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「孫も高校生でねえ……。えーと、何年生だったかな、ミツエさん」  名前で呼ばれた女性のほうは50代だろうか。白いものが混じり始めた髪を染めることもせず、上品に短くカットしている。動きやすいようにボトムはブラウンのパンツで、スマートな体躯に白衣がとてもよく似合っている。先生の助手をしているらしい。手元の鍼がとても長く見えた。まさかあれが私の躰に入るのだとはそのときは全く想像していなかったのだけど。 「あら、ついこの間じゃなかったですか。合格したよって、詰襟着てあいさつに来たの。一年生ですよ」 「ああ、そうだった、そうだった。同じ高校じゃなかったかな」 「えーと、どこでしたかねえ。湖東だか、湖南だか……」  話の内容からすると、ミツエさんは先生の奥さんだ。先生が老けて見えるのか奥さんがお若く見えるのか。私の見立て通り先生が70代、奥さんが50代だとすると、ずいぶんな歳の差夫婦になる。 「詰襟なら湖南です。私と同じ」  鍼の刺さっているところに響かないように小さな声で言う。 「そうか。じゃあ、キミで決定だ!」  よかったよかった、と言って何やら一人で喜んでいる。うつ伏せだから先生の表情が見えない。「キミで決定」ってなんのこと? 「あらあら、本人の意志も聞かないうちに、先生ったら……」 「いやいや、こういうことは本人どうしより、意外と周りの目の方が確かだからねえ……」  ミツエさんも上品にコロコロと笑っている。とても嬉しそうだ。  「キミで決定」と言われたのだから、二人の喜びに私がかかわっているのは確かなのだけど、どうも話の筋がつかめない。そんなことよりも、私の関心は同じ高校に通っているというお孫さんのことに集中していた。こんなに紳士な先生と上品なミツエさんのお孫さんなのだからきっと素敵な男子のはずだ。  バイトは躰と相談してと言われたが、腰さえ治ればまたバイトを再開する心づもりでいた。お金も必要だけれど、今やバイトは生活のバロメーターとして定着しているから。自立へ向けた不安もある。これからの長い人生を親もなし親戚もなしで渡っていくことを考えると怖くて身がすくむ。そんな、ともすると崩れ落ちそうになる自分の精神は、学校とコンビニでの規則的な仕事があるからこそ保っていられるのだ。仕事は学校生活以上に生活にリズムを作り出す。音楽以上に確かなリズムを。
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