長いもので貫かれる

5/9

121人が本棚に入れています
本棚に追加
/266ページ
 待合室を兼ねた家庭の居室。畳にしたら12畳くらいあるのだろうか。まっ白の壁を縁取りするように本革のカウチソファーが置かれている。あまりにも大きいソファーなので、どこに座っていいのかわからず面食らう。  カウチの反対側の隅にちょこんと腰を下ろす。  その正面には壁掛け式の大型テレビ。その下のサイドボードや脇の棚には、日本だけでなく、どこかアジアの国々の工芸品が並んでいる。休暇には海外旅行を楽しむ夫婦らしい。 「あらまあ、そんな隅に……。こちらにいらっしゃいよ」  お盆に湯呑茶碗を載せて入って来たミツエさんが、ソファーの中央に誘う。 「今日は。もう患者さんは来ないからゆっくりして行って」  私の前に琥珀色の液体の入った湯呑茶碗が置かれた。 「半ドン?……ですか」  初めて聞く言葉だった。 「あら、若い人はもう使わないのね、その言葉」  ミツエさんは半休、つまり午前中だけ仕事して午後は休みになることだと説明してくれた。スマホで検索すると確かにそういう言葉はある。今まで使ったことも聞いたこともない言葉。そうか、お父さんお母さんがいて、お祖父さんお祖母さんがいるとこういう言葉を自然と覚えるんだ。 「どう、お味は?」  高麗人参茶なのだそうだ。琥珀色の液体をすすると苦みがきつかった。生臭い香りが鼻を突く。 「飲んでいるうちに慣れてくるわ。その味がおいしいと感じるようになるまで通っていらっしゃいね、いい?」 この渋い飲み物がおいしく感じられるまで。それはビールがおいしく感じられるまで、タバコを旨いと感じられるようになるまでよりも遥かに長い期間に思われた。私がミツエさんぐらいの歳になるまでかもしれない。  本来は鍼灸院は治療費が高いことを知っているから、うなずけなくて困っていると、 「養護施設で苦労してきたんだから、たまには甘えていいのよ。私たち、あなたの味方よ。だから、ね?」  隣に腰掛けたミツエさんは、私を下からのぞき込んでコクコクとうなずく。
/266ページ

最初のコメントを投稿しよう!

121人が本棚に入れています
本棚に追加