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ここで、読者の皆さんに告白しておきます。あらかじめ私がどういう女の子なのか知っておいた方が物語の進行がつかみやすいと思うから。
高校生になろうというのに、私は恋愛とか性に無関心で無知だったのです。男の子にモテることだけを鼻にかけて、その実、彼らが何を私に最終的に求めているのかなんて考えたことすらないのです。女の子どうしの、男子にはちょっと聞かせられない際どい話には、私は全然ついて行けてない。進んだ女子たちがヒソヒソ声で気持ちいいと言っている行為を、やったことも、やろうと思ったこともないし。そうか……、不感症だからか。恋に対する不感症。性に対する不感症……。
それにしても……。
詰め襟の王子には花吹雪がよく似合っている──と思った。首を右ななめ7度ぐらいに傾け、ポケットに両手を突っ込んで悠々と桜坂を下っていく後ろ姿にぼうっとしてしまう。そこにはもうオジサンチックな印象は跡形も残っていなかった。
私たちの視線を感じたのか、彼は振り返って、
「ああ、そうそう、そのザルは学校で会った時返してくださいね」
と片手を上げた。「必ず」と言い添えて。
私も朝子姉さんも坂を下っていく彼の後姿をぼんやりと見送った。ピンク色の吹雪の溶け込むように、彼は次第に輪郭を薄めていった。
「あ……、ちょっと‥‥‥」
何か言いたいことがあったような気がして手を差し出した。もう視界から消え去った彼に向かって。輪郭が掴めないけど何かキラリとした一言を。フワフワとした一言を。そして小さくてコロコロと桜坂を転がっていくような一言を。しかしそれは言葉の輪郭をまとうにはあまりにもつかみどころがなかった。
「生意気な下級生……」
「でも、私のこと、モテそうだって……」
「バッカね、アンタって!」
お姉さんは口汚く罵った。
「不感症って言われたんだよ、アンタ。オンナを侮辱されたんだよ。悔しくないの?」
不感症──私は否定しない。侮辱されたのかもしれないけど、なぜか侮辱とは受け止められなかった。それが今の私の現住所だと知った。不感症が自分の現住所だなんておかしいけど。
現在位置の確認──それは高校生活をナビゲートする第一段階だ。
それはめざめだ。そして、ストーリーのはじまりなのだ。不感症の女の子の目指すところは……。そんなの決まってるじゃん! 今は恥ずかしくて言えないけど。
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