母のまなざし、そして運命の人。

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 ──ジュンくん、セックスしようよ‥‥‥。  私は胸の中でつぶやいた。けっこう正直な、切実なつぶやきだった。本当にこの時私はセックスを望んでいたのだった。  すると、  ──キミの中に入りたい‥‥‥。  声ならぬ声の返答があった。ジュンくんの声だった。ちょうど彼の手がブラのカップをずり上げ、指先で乳首をつついた時だったから、よけいびっくりした。  彼の心の中の声が伝わって来たのだろうか、それとも私が勝手に彼の声を偽造したのだろうか。私はうろたえた。ジュンくんの祖父母がいらっしゃるところでセックスなんかできない。断ち切らなくちゃ! 理性で抑制しなくちゃ! ジュンくん、あなたも理性で欲望を押さえて!  私は慌ててずれたブラを直し、言葉による疎通を図った。言葉により人間は理性を回復するものだから。言葉の論理性は理性を呼び覚ますものだから。 「まさか、男子にはそんなことはないんでしょ? 試合に負けたらリンチを受けるとか……」  荒ぶる呼吸を押さえながら言葉を押し出す。 「な、ないよ」  ジュンくんの手が胸の膨らみから離れていく。惜しかったけど、よかった。ジュンくんはこれで理性を回復したのだから。 「でも精神的圧迫はあるかもなあ……」  女の子がブラを直しているところから視線を逸らせたのは彼なりのマナーなのかもしれない。  彼の視線はベランダの広い窓ガラスを超え、梅雨明けの入道雲に向けられていた。真っ青な空を背景にもくもくとすごい勢いで上へ上へ容積を拡大していく。私の視線は彼の凛々しい横顔にピン止めされる。  あと数日で夏休みか……。
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