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しかしジュンくんのまなざしは、確かに今、心の奥底の何かに共鳴している。叩かれてもいないのに、ジュンくんの音叉に共鳴して私の心がピーンと高い音を発しているのだ。
──まなざしの経験があるんだ、私にも!
母は私を見つめてくれたに違いない。慈悲のまなざしで「生まれて来てありがとう」と涙を流したに違いない。記憶はないけど、映像も声も残ってないけど、私の中には確かなものとして、ある、それが。
──愛されたんだ。母に愛されたんだ……。
感動で躰が熱くなってくる。
私もジュンくんに負けず、まなざしを注ぎかえす。赤ん坊の私が母を見つめたように。鼻の奥がジンジンしてくる。涙があふれてくる。
──大好き。愛してる。お母さん……。
たった一つの母との記憶を目覚めさせてくれてありがとう。
ジュンくんって──。
そう、牧村ジュンくんって私にかけがえのない人なんだ。運命の人──か、も……。
この瞬間、私とジュンくんは目に見えない絆で固く結び合った実感があった。私だけではない。ジュンくんの目の色にも、奇跡と出会った驚きの色が灯っていた。これは純粋にスピリチュアルな体験だった。
「ああ、神さま‥‥‥」
恍惚の境地から祈りがあふれ出たとき、
バターン!
奥の部屋のドアが勢いよく開いて、甲高い声が響き渡った。
「ジュン兄!」
私は首に縄を掛けられ引っ張られるようにして、現実に帰ってきた。
「お? ナミちゃん、来てたの?」
ジュンくんに上体を起こされる。私は膝をそろえて居住まいを正す。両手が膝の上に置かれる。雲の上に座っているようにふらふらと安定感がない。
「うん、きょうジュン兄がくるって、おばあちゃんが」
4歳くらいの女の子が片手で目をこすり、もう片手で黄色いクマの縫いぐるみを抱いて立っていた。たった今昼寝から起きたばかりのようだ。ちょうどトトロに出てくるメイちゃんみたいに元気でかわいい女の子。ツインテールがお茶目だ。今日の青空みたいに真っ青なワンピースを着ている。従妹なんだ、と教えてくれた。
「だあれ、そのおねえさん?」
目を擦っていた手で私を指し示す。
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