母のまなざし、そして運命の人。

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「ジュン兄のお嫁さんじゃないかい?」  治療室の方から声が聞こえて振り返ると、ミツエさんだった。いつのまにか治療室から出て来て、私たちの前で腰をかがめると、テーブルの上にあった手帳を手に取り、ページをめくりだした。おじいさん鍼灸師も出てきて、ナミちゃんの頭をクシャクシャと撫でると、奥の部屋に入って行った。 「そうだよ。お祖母ちゃんのいうとおり。このオネエさんはね、ジュン兄のオヨメサンなんだよ」と、ジュンくんの補足。  ちょ、ちょっと、この人たち、何を言ってるんだろう。口を「あ」の形に開いて彼を見上げる。ミツエさんが意味ありげな目つきで私にうなずいている。この人たち、絶対正気じゃない。いや、ちょっと待てよ。正気じゃないのは私の方かも。頬を叩く。生足を引っ搔く。手の甲をひっぱたく。お得意の自傷行為。 「オヨメサン……? けっこんしたのぉ?」  垂れ目のナミちゃんはいっそう垂れ目になって、歩み寄って来る。 「まだだよ。でも……、お嫁さんなんだよ」 「オヨメサン、オヨメサン……」  ナミちゃんが急に走り出す。裸足でパタパタ音をさせて、私の前まで来ると、くるっとお尻を向け膝にぺたんと座った。柔らかそうな髪の毛から甘ったるいにおいが漂って来る。それは私をとても幸せにしてくれる。幸せの一片を手に入れたような気がした。  ──じゃあ、キミで決定だ!  ──あらあら、本人の意志も聞かないうちに……。  ここを初めて訪れた時の「おじいさん先生」とミツエさんの声が蘇る。  そうか、あの時からジュンくんのオヨメサンになることが決まってたのか。え? 本人の意志? 私の……、私の意志は……。  ──オヨメサンでいいっか……。  それが「私の意志」。幸福感に満たされニンマリしてしまう。  ナミちゃんを抱っこして、ジュンくんの隣にぴったり躰を寄せて座っていると、彼のオヨメサンになることが、当然なことのように思われた。とても自然なことに感じられた。そうよ、私の運命の人だもん……。 「結婚しようよ」  ジュンくんが左手でナミちゃんの頭を撫でながら、ちらっと私を見る。 「うん……」  私はうなずく。  そう。うなずいたのだった。  彼と目が合って二人でにっこり微笑みあった。
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