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前編<再会からの♡> 1_伊織_憧れの人が結婚、衝撃のトド!
春。
湘南の青い海を見下ろす高台に、白亜のウェディングハウスが建っていた。
今日ここのチャペルで、美馬遊人が結婚式を挙げる。
伊織惣一は招かれていなかったが、勝手に押しかけてきたところだった。
美馬との関係は8年前、高校時代に拗れていたが、結婚すると聞いたら、会いに来ないではいられなかった。
26歳になったばかりで、なぜ結婚を急ぐ!?
いや、そもそもなぜ結婚相手がオンナなのか。
ゲイではなく、バイだったのか。
しばらく海外のオフィスにいて、情報を掴むのが遅くなったのが、悔やまれる。
くそッ。
伊織は重い足取りで、陽光に鐘が煌めくチャペルの方に向かった。
なだらかな坂道のアプローチになっていた。薔薇の生け垣が瑞々しく、芳香が漂っている。
イヤフォンとマイクをヘッドセットしているスタッフが、駆け寄ってきた。
「お急ぎください」
と、伊織をゲストだと勘違いしたようだ。
それに乗っかるか、と思ったそのときだった。
チャペルの扉が乱暴な音を立てて開け放たれた。
何事かと目を向けたとたん、花嫁が飛び出してきた。
両肩を出すロールカラーとAラインのクラシカルなドレスは品があり、長いベールも清楚に美しいものだったが、それをむしり取って走り出している。
なんだ?
花嫁は両手でドレスを掴み上げて、ヒールを脱ぎ捨てると、芝の上を全速力で駆けて行く。
ドレスは重いはずだが、華奢なくせに大した脚力だ。
「待ちなさい! 玲花!」
上品そうな女性が、息を切らして名前を連呼する。
察するに、花嫁が逃げ出したのだ。チャペルの前で、母親らしき女性が膝から崩れ落ちるのが見えた。スタッフらが集まり騒然となっている。
伊織はその母娘のことはよく知っていた。
まずいな、間の悪いときに来てしまったらしい。
ひとまず立ち去ろうと坂道を下り始めたが、すぐに背後から足音が迫ってきた。
花嫁を追いかけるスタッフだろうと道を譲ったとき、焦った男の声が言った。
「失礼! ありがとう」
その声に、伊織は思わず顔を振り向けていた。
目の前を通り過ぎていく男は、光沢あるシルバーグレー色のタキシードを着用しており、胸にはブーケトニアを挿している。間違いなく今日の主役の片割れ、花婿だった。
すると、その男は美馬遊人ということになるが、伊織は自分の目が映したモノが信じられず、目を疑った。
たっぷりたるんだ腹!
輪郭すらない丸い顔!!
ドスドスと走って行く重そうな後ろ姿!!!
あぁ?
眼鏡をかけ忘れたか?
伊織は震える手で鼻先のブリッジに触れてみた。
ちゃんとかけてある。
視力に問題はない。
だったら、今のはなんだ?
今のはトドだ。
美馬遊人であるはずがない。
いや、でも今……
横切っていく新郎の目元に、小さなほくろを見た気がした。
それは紛れもなく伊織が記憶していた美少年のチァームポイントだ。
とすれば、今すれ違った男が、美馬遊人のなれの果てなのだった。
フィギアスケート競技界の至宝、白皙の美貌で世界じゅうのファンを魅了していた彼が──
憧れていた先輩が──
超絶美形の代名詞だったフィギュア界のプリンスが──
トド……
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