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99_美馬_銀盤の奇跡
視線を上げた先に、会長の姿が見えた。膝の間に杖を立てて、拍手で応じている。
アンディが両手をあげて手を叩いていた。
玲花が号泣していた。
相田が珍しくガッツポーズをしていた。
巨大スクリーンに美馬のアップが映しだされ、また歓声が沸き起こる。
〝すごいことになりました。引退してなお異次元のパフォーマンスをみせてくれます。美馬遊人さんは今日、クワドアクセルをひっさげて、我々の元に戻って参りました。我々も仮面舞踏会で踊っているかのような、そんな妖しくも華麗な舞踏会でした。我々はこの日を待ち続けていました! 銀盤の奇跡が再び、いえ、それ以上の感動と奇跡をもたらしました。神に愛されたフィギュア界のプリンスが、今夜、夏の夜の夢のごとく、完全復活です!〟
興奮しきった名取の絶叫に、客席も湧き、美馬も中継ブースの方に手を振って応じた。
いや、べつに、現役復帰しないけどな!
銀盤に立つ度に、神に愛された男と言われてきた。
どんな優れた選手もリンクの魔物に喰われることがあるが、美馬ははね除けるオーラーがあると言われた。
美馬にも失敗はある。
惣一の機嫌一つ崩れる脆い心を持っている。
だが愛を求め、愛する気持ちが人一倍強いのかもしれないと思う。両方が手を握り合っているときの美馬はどんな不調も乗り越える。
表現の魔術師、銀盤の奇跡。
自分を讃える言葉は尽きることがなかった。
ほしかったのはただ一つだけ。
「さすがです」
惣一のその一言だけだった。
感動のスタンディングオベーションは5分以上も続いた。
リンクサイドに戻ると、伊織がそっと瞼を摘んでいた。
キスしたい衝動を抑えるのに必死だった。
今さらだが人目を憚る冷静さはある。
そっと囁き声で言葉を交わす。
「おまえ泣いてるの? 子どもみたいな顔になってるぞ」
「はっ、アンタのいやらしい演技を見て、何でガキに戻るんですか」
「あれだな、日曜の夜に、あぁ明日からまた学校かぁって、憂う気持ちなんだろ」
「違いますよ」
惣一がぐいっと身を乗り出してきて、美馬の頭を引き寄せてキスをしてきた。
どよめきに会場が揺れた。
大画面に惣一とのキスが映し出されたのだ。
「おまえ、また」
「もう後に引けませんね」
「そりゃおまえだ!」
二人のキスにどよめいた会場はますます歓声に湧いて、美馬が盛り上がってしまい、アンコールに応じるまで、観客は少し待たなければならなかった。
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