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101_美馬※
「今日はもう休もう、ヘトヘトだ」
「わかってます……」
と言いながら、今度は惣一が美馬の指を甘噛して、抱きしめてくる。
「会長に会わないとな」
「ああ、ジジイが簡単に諦めるとは思いませんが、今度から会うときは俺も同席します」
「わかってる」
背後から惣一の両手が抱き込んできて、指先で乳首を撫で回す。
「おい、もう寝かせてくれ」
「風呂に入れてあげますよ。筋肉ほぐさないと」
「ん……もう動けない」
「俺が全部してあげます」
「世話焼きだな」
「知りませんでしたか?」
「知ってた」
美馬はくすっと笑って、惣一の腕の中で身体を翻した。
惣一の胸に顔を埋めて、力一杯惣一の匂いを嗅いだ。
ああ、しばらくぶりの惣一だった。
やっと、息ができた心地がした。
「先輩は勝手にいろいろ考えそうなので、先に言っておきます」
「ん」
半ば眠りに落ちかけていたが、惣一の唇が瞼に落ちてきて、美馬も唇を突き出した。
「先輩と付き合うと決めたときから」
「ん」
「添い遂げるつもりですから、忘れないでください」
え!?
本物の強烈なパンチをくらった衝撃だった。
惣一の腕の中で、美馬は目をまん丸にして見開かせた。
「おまえ、何言ってるんだ?」
いずれ惣一は結婚して、子をなして、家庭を築く男だ。
美馬はそのことは忘れないようにと、胸の奥に刻んでいる。
「やっぱりな、アンタはそういう人だよ」
惣一がささくれる。
「先輩は今だけの一時のことだと思ってたんだろう」
「そりゃ……おまえはノンケだし」
「またそれだ」
「だって」
惣一の冷静で熱い眼の奥底に、真摯な光が瞬いている。
「どんな生き方をしていても、先輩が一緒でないなら意味ありません。俺は、先輩の人生を生きることはできないし、逆もまたしかりです。俺たちは互いの人生に添うだけなんですよ。そこに困難があれば、共に乗り越えていく。そういう関係になるんじゃなかったんですか?」
まだそこまで話したことはありませんが、と惣一は呟いた。
「惣一……」
その瞬間まで、美馬は惣一を侮っていた。
惣一がそこまで自分とのことを真剣に考えているとは、正直思っていなかった。
美馬は多くの同性愛者のカップルを見てきた。
ノンケと付き合ったオトコは長続きしなかった。子どもがほしくなることもあれば、社会的な立場や家族の関係など、本人の思い一つではどうにもならなくて、世間が求める生き方へ戻っていく。
「俺は、先輩から離れませんよ」
「……ん」
今だけは、惣一の今の想いを受け止める。
「ゴメン」
「は?」
「いや、うれしすぎて謝った」
「アンタは何でも一人で決めないでください。アンタはいつも俺の心を置き去りにする」
惣一が怒りだすので、美馬は唇を尖らせた。
「そんなことないだろ」
「俺、いろいろ考えてるんです」
「いろいろ?」
「老後は南の島なんかどうですか」
「は? いきなり老後か?」
「早くリタイアしたいんですよ」
「へぇ、そりゃ意外だな。仕事人間かと思ったぞ」
「いえ、遺跡巡りとか、宇宙に行くとか、やりたいことがたくさんあります」
ほぉ、それはいいな。
それならゲイがどうのとか、窮屈な社会に囚われる必要がなさそうだ。
「オレの面倒も見てくれるんだよな?」
「そのつもりです。俺の方が若いですから」
たったの2ヶ月だろ!
「惣一、風呂に入りたい」
唐突に、美馬が言った。
南の島の話をしようとしていた惣一は、話の腰を折られてむっとする。
「今からですか」
「今からだよ。今入れてくれるって言ったの、おまえだろ」
「そうですけど」
「オレはもう1ミリも自分で動きたくない。今日はな、もうぶっ倒れてもいいはずなんだ。もっといたわれ、結局おまえの注文が、一番キツかったんだからな」
「はいはい。じゃ、続きは風呂で」
惣一が気を取り直してベッドを抜け出すのを待って、美馬は顔を枕に突っ伏した。
ちょっとだけ一人になりたかったのだ。
そして、惣一が語ってくれた二人の関係について、感動を噛みしめたのだった。
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